アメリカで内戦は起こりうるか

 最近、アメリカでは社会不安が増しており、内戦が始まるのではないかという懸念がある。テキサス州では州知事が連邦政府の命令を無視し、州兵を動員して勝手に移民を取り締まり始めた。こうした不安はどこまで現実味があるのだろうか。

 経済学者のダロン・アセモグルによると、経済的な豊かさは安定した政治体制の産物という。確かに、現在の先進国は内戦の発生など考えられない状態だ。アメリカに内戦が勃発することなどありうるのだろうか。

 先進国で内戦が勃発した例を考えてみよう。最後の内戦がいつだったかを整理してみる。
日本 1877年西南戦争
アメリカ 1865年南北戦争
イギリス 1848年のジャコバイトの反乱
フランス 1789年フランス革命
といった具合である。主要先進国の多くは19世紀の中盤を最後に内戦らしい内戦を経験しておらず、安定した近代国家を作り上げている。1918年のドイツ革命とその後の騒乱や、1968年のフランスの騒乱も、短期的な政情不安にとどまった。

 20世紀の内戦を考えてみよう。内戦の殆どは最貧国で起こっており、中進国ですら内戦が発生することは稀だ。中進国で発生した内戦を挙げてみると

・メキシコ革命
・ロシア内戦
・スペイン内戦
・ユーゴ紛争
・クルド紛争
・チェチェン紛争
・コロンビア内戦
・リビア内戦
などが挙げられる。このうちメキシコとロシアは経済的に随分貧しい時代の話だ。リビアは産油国である。クルドとチェチェンはローカル色が強い。こうなると、先進国はもちろん、中進国ですら内戦はほとんど見られないように思える。

 地域紛争ならどうだろうか。この場合は先進国でも発生することがある。例えば有名なのは北アイルランド紛争だ。ただし、この場合も戦闘というよりはテロの集積であり、一般的な感覚の内戦とは異なる。内戦は先進国では本当に稀で、20世紀に入ってからは前例がない。1943年から1945年のイタリアのパルチザン蜂起は内戦と呼ばれることも多いが、連合軍とドイツ軍の存在が強すぎ、第二次大戦の一環として考えたほうが良さそうに見える。

 アメリカで内戦が発生するリスクは低い。あったとしても、1968年のフランスのような短期間の内乱という感じにとどまるだろう。2024年の大統領選挙が激しい論争の種になることは間違いないが、直ちに内乱を引き起こすとは限らない。トランプの奇抜な人格は相変わらずだが、トランプに投票する人が大勢存在するという現状の方が更に異常事態だろう。アメリカには連邦政府の方針に強く反対する人間が大勢いるということだ。社会不安とは特定の個人によって引き起こされるのではなく、ある種の社会現象のようなものというのがよく分かるだろう。

 なお、アメリカで内戦が発生した場合、その衝撃は凄まじいものになる。おそらく世界大戦クラスだろう。この80年、世界はアメリカ中心に回ってきた。そのアメリカが内戦で混乱状態になれば、世界経済は深刻な打撃を受けるし、世界の安全保障環境そのものが激変してしまうだろう。中国・ロシアがどんな行動を起こすか想像すら付かない。


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