<史上最大の歴史IF?>もし南北戦争で北軍が敗北していたら?

 筆者は無類の世界史マニアなので、しばしば歴史IFを考えることがあるのだが、その中でもあまり世間で言及されないが、世界史的に大きな影響を与えているのではないかという歴史IFが南北戦争だ。もしこの戦争の帰趨が変わっていたら、世界は全く違う場所になっていただろう。

アメリカ合衆国の地政学

 なぜ南北戦争がここまで重要なのか。それは現在の世界覇権国がアメリカだという単純な理由に行き着く。アメリカの国力は世界の中でも軍を抜いているし、地政学的に無敵の状態だ。しかし、その前提としてアメリカが北米地域を事実上統一しており、何一つ脅威がないという条件が必要だ。

 アメリカが世界覇権国に成り上がるまでの経緯を見てみよう。アメリカは1776年に独立した時点では北米大陸の東部を支配する小国でしかなかった。ところがナポレオン戦争の結果として棚ぼたでルイジアナ地域を手に入れ、一気に北米の大半を支配することになった。1848年、アメリカはメキシコを降伏させ、太平洋に至るまでの地帯を併合した。これでアメリカは北米の地域覇権国となったが、まだ脅威は残っていた。1865年にアメリカは南軍を下し、合衆国の分裂は回避された。これ以降、アメリカは地域内での脅威が全くなくなったので、巨大な島国となった。

 膨大な人口と豊かな工業生産力に支えられ、1870年代にアメリカは世界最大の経済大国となった。この座は150年が経過した現在でも変わらない。しばらくアメリカは巨大な国力に比して控えめな振る舞いしかしていなかったが、ヨーロッパで世界大戦が勃発した結果、北米以外の地域にも介入することを余儀なくされている。1941年の真珠湾攻撃の結果、アメリカはついに国家総力戦に突入し、巨大な工業力の全てを戦争に注ぎ込み、核兵器まで作ってしまった。気がつくとアメリカは世界の西半分を支配しており、ソ連に対抗する唯一の巨大勢力となった。40年以上にわたる冷戦の結果、ソ連は崩壊し、ついにアメリカは世界覇権国へと上り詰めた。

北米大陸の統一が崩れると

 アメリカの安全保障は三重だ。第一に北米大陸を完全に支配すること。第二に世界の海洋を支配すること。第三にユーラシアの同盟国を支援してライバル国を封じること、である。

 第一の目標は1865年に南軍が降伏したことで達成された。第二の目標は第二次世界大戦の結果、日本とイギリスの海軍が衰退したことで達成された。第三の目標は第二次世界大戦と冷戦で大いに活用された。アメリカが支援を続けたことでイギリスとソ連はナチスドイツを打ちのめすことができた。アメリカは戦後になると欧州から東アジアに渡る巨大なネットワークを作り、ソ連を封じ込めた。現在もNATOや日米安保のような強力な同盟関係が世界亜を覆っており、アメリカは安泰である。

 遠隔地域のライバル国を封じ込める、または葬り去る方法として常に使われるのがその国のライバルを支援することだ。イギリスとアメリカはこの方法で常に大陸のライバル国を倒してきた。ドイツと戦うために第一次世界大戦ではフランスを支援し、第二次世界大戦ではソ連を支援すると言った具合である。自ら手をくださずして影響力を行使する簡単な方法だ。ただし、前提としてその地域が分裂しているという条件が必要になる。北米大陸は完全にアメリカに支配されているため、外部勢力がアメリカに手出しをすることができない。この点でもアメリカは無敵である。

 しかし、この北米大陸の統一という条件が崩れるとどうなるか。アメリカは地域内部の勢力均衡に常に気を配らないといけなくなる。外部勢力によってライバル国が支援された場合、アメリカは安全保障上の脅威にさらされる。こうなると、海軍どころではない。アメリカは島国だったため、好き勝手にユーラシアの勢力を操って思うままの現実を打ち立ててきた。しかし、北米大陸が分裂すると、逆に操られる立場に転落してしまうのである。

南北戦争

 南北戦争はアメリカ合衆国の経験した戦争の中でも最大の戦争だ。国家総力戦の先駆けといっても過言ではない。南北戦争ではアメリカ人の人口の2%が死亡し、激しい戦闘が繰り広げられた。

 南北戦争の原因となったのは奴隷制だ。北部は工業化が進み、奴隷制をあまり必要としなくなっていた。世界的な奴隷廃止の潮流もあって、南部の奴隷制度に批判的な論調が強まっていた。これに対して農園主の多かった南部は反発した。州の自治権が脅かされるのではないかという懸念もあった。ほかにも自由貿易か保護貿易かの問題もあり、南北は決裂した。4年間の大規模な戦争は国力で上回る北軍が勝利した。南軍の首都のリッチモンドは陥落し、程なくしてリー将軍は降伏、南部連合は消滅した。

 北軍は人口で二倍を誇ったし、工業力の差は更に大きかった。北軍の海軍力によって南部連合は戦争中、ずっと封鎖されていた。ただし、南軍には1つ強みがあった。それは南軍の士気が高かったことだ。北軍の戦争目的は離脱したがる南部を無理やり連れ戻すというものだったのに対し、南軍の戦争目的は連邦による介入から南部の独立を守るという愛郷心的なものだった。もちろん黒人奴隷の存在は頭から抹消されていた。

 外部勢力の介入が少なかったのも幸いした。アメリカはヨーロッパの世界大戦に介入し、帰趨を大きく左右した。二度の世界大戦で連合国が勝利したのは突き詰めればアメリカのおかげである。ところが逆は起こらなかった。南北戦争時点でのイギリスはヨーロッパの勢力均衡で忙しく、西半球に介入するパワーはなかったようだ。アメリカがヨーロッパの統一を妨害するために介入を続けたのに対し、イギリスは北米に対して何もしなかった。これもまた、北米地域が統一される上で大きな推進材料となった。

もし南軍が勝利していたら

 もし南軍が勝利していた場合、南部はアメリカ連合国として独立し、合衆国は人口の3分の1を失うことになるだろう。それに加えて南北の関係が良好になるとは到底思えないので、両者は常に緊張状態が続くと思われる。

南部連合の領土

 南部連合はもとからイギリスと親密だったが、独立後はその傾向が更に強まるかもしれない。イギリスは南部連合と友好関係を結ぶことによって北米大陸で勢力均衡を成立させ、地域の統一を阻む。したがって英米の関係は悪化する。

 アメリカ合衆国は史実と同様に工業化を成し遂げるだろう。南北の経済格差は開き、南部は現在よりも貧しい国になることは容易に想像がつく。イタリア程度の水準になってもおかしくない。北部の工業発展は続き、20世紀初頭になるとイギリスやドイツを上回る可能性が高い。ただし、史実に比べると国土が狭小であり、ミシシッピ川の水運なども使えないため、経済力は大きく下がるだろう。なお、戦争の原因となった奴隷制は南部でいずれ廃止されるだろう。19世紀後半になると奴隷制廃止は既定路線であり、南部といえども逆らうことは難しい。1900年までに奴隷は名目上解放されているはずだ。

 史実では1914年時点のアメリカは強大な国力を持っていた。工業力はイギリス・フランス・ドイツの三カ国をあわせたものに匹敵した。しかし、この世界線での合衆国は史実の半分程度の国力かもしれない。その上、北米内部での安全保障に気を取られるため、世界帝国として成長することは難しくなる。北米大陸では南部連合とメキシコが組み、ここにイギリスが支援するなどして勢力均衡が成立するかもしれない。合衆国は南北から圧迫されることになるだろう。

 この状態で二度の世界大戦が勃発したらどうなるか。史実のようにヨーロッパの戦争を終わらせる民主主義の救世主としてのアメリカは存在しない。国力が史実の半分である上、北米大陸内部の安全保障に気を取られているからだ。イギリスとの関係も史実より悪い。第一次世界大戦でアメリカは英仏の敗北を恐れて介入したが、この場合に介入を選ぶかは怪しい。むしろドイツに友好的な可能性すら存在する。

 第二次世界大戦の場合も同様だ。第二次世界大戦で史実のアメリカが成し遂げた役割を北部が成し遂げられるかは分からない。この世界線のアメリカは史実よりも海軍に割けるエネルギーが少ないので、イギリスと並ぶ海軍国にはなっていないだろう。海軍の規模は日本とあまり変わらないと思われる。この場合、日本が太平洋戦争を有利に進められた可能性が高い。

 二度の世界大戦のゲームチェンジャーとして現れたアメリカの役割が期待できないと考えると、世界がどのような方向に転ぶのか全く想像が付かない。第一次世界大戦でアメリカが参戦しなければ、ドイツが戦争に勝利していたかもしれない。フランスに要求される条件がどの程度苛烈かは分からないが、ドイツは欧州の地域覇権国になることは間違いない。この場合、ナポレオン以来の欧州統一帝国が現れるだろう。

 第一次世界大戦で史実通りにドイツが敗北していた場合、更に恐ろしい事が起きる。ナチスドイツは圧倒的な軍事力で欧州を統一していた可能性が高い。イギリスやソ連が滅ぼされることはなかっただろうが、史実よりも遥かに苦戦していたことは間違いない。連合国がベルリンを陥落させることはなかっただろう。アメリカの脅威が少ないので日本はソ連にターゲットを絞り、東西から挟撃しているだろう。合衆国が参戦していた可能性は高いが、日独を圧倒することは難しいだろう。

 世界大戦が北米大陸に飛び火する可能性は低いだろう。米州の国は19世紀に深刻な紛争を繰り返し、20世紀になると平和ムードが覆い尽くしていた。合衆国も例外ではないだろう。南北戦争の犠牲は非常に大きかったので、もう一度やりたいとは思わないはずだ。イギリスのピンチに乗じて南部侵攻を企てる可能性がゼロではないが、この場合はヨーロッパへの介入は難しくなるだろう。

 ただ、それでも日独の躍進に刺激されて合衆国が北米統一を目論む可能性もある。この場合は合衆国は新たな新興国として台頭し、ドイツと冷戦を戦うことになるかもしれない。ここまで来ると予想不能だ。

 日本の世界史マニアの間では地味な南北戦争だが、地政学的には実は非常に影響力が強い。なにしろこの戦争の結果として北米大陸が統一され、世界覇権国のアメリカが生まれたのだ。二度の世界大戦に匹敵する歴史IFといえるだろう。

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