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地政学的に恵まれている国ランキング

 以前の記事で地政学的に最悪の位置にある国のランキングを書いた。今回は地政学的に恵まれている国のランキングの方を論じてみたいと思う。

第5位 イギリス

 イギリスは世界で最初に産業革命を達成した国であり、19世紀は大英帝国という形で世界覇権国となっていた。その要因の一つにイギリスの恵まれた地政学的な位置が関係していたことは間違いない。

 イギリスは繁栄するヨーロッパ大陸に近く、古くから文明をはぐくんできた。中世のイギリスはフランスにたびたび進出し、勢力を拡大してきた歴史がある。最終的にイギリスは百年戦争で大陸から追い出されるものの、島国という安定した根拠地から大陸に進出できる点で大いに有利だった。

 イギリスはローマ帝国時代に征服されており、その後も民族移動の時代にアングロサクソン人が移住してきたり、クヌートの王国の一部になったりもした。最終的にノルマンディー公ウィレムによる「ノルマンコンクエスト」によってフランス人の制服を受ける。イギリスの王家はこの時にさかのぼることができる。

 これ以降、イギリスが征服されることはなかった。スペイン無敵艦隊はイギリス侵攻を企てるが、遭えなく敗北している。ナポレオンは欧州大陸を制覇して大帝国を作り上げたが、トラファルガーの海戦で敗北し、イギリスを破ることはできなかった。ヒトラーも同様の構想があったが、やはり1941年のバトルオブブリテンで敗北し、イギリスを屈服させることはできなかった。

 イギリスの強さは、やはり島という立ち位置にある。海は交易を促す一方で軍事的な防壁になる。これ以上理想的な国境線はない。平地の場合は交易はしやすいが、攻め込まれやすい。山脈の場合は難攻不落だが、経済発展に支障をきたす。砂漠や永久凍土は農業すらできない。海は最適なのである。ドーバー海峡は狭小だが、潮流が速く、容易には超えられない障壁である。

 イギリスが位置するブリテン島は豊富な石炭に恵まれ、産業革命のゆりかごとなった。この点でも恵まれている。ただし、問題となるのは民族だ。イギリスはイングランドだけではなく、スコットランドや北アイルランドという地域で構成されている。これらの地域は中世から近世にかけて常にイギリスの地政学的リスクとなったし、大陸の勢力はこうした弱みを掘り起こそうとしてきた。ここがイギリスの唯一の地政学的な欠点だ。

第4位 日本

 しばしば日本の地政学的な立場が悪いという言説を見るのだが、まったく賛同できない。日本が外部勢力によって征服されたのは1945年にアメリカに敗戦した時のただ一度だけだ。近代以前に日本が外敵に負けたことはない。歴史ある大国でこのような国は珍しい。中国は幾度となく遊牧民の征服を受けてきた。欧州諸国もまた民族移動などで頻繁に国境線が変わってきた。ロシアや中東に至ってはあまりにも外部勢力の侵入が多すぎて、もはや何が生粋の民族なのかすら釈然としない。 

 日本は地理的に孤立した大文明を築き上げた。18世紀の時点で日本の人口は世界で清朝の次に多く、かなりの人口大国だった。日本を攻めるのは極めて難しい。19世紀の帝国主義の時代であっても日本は一切植民地化されることはなかった。ヨーロッパから遠隔の地であり、しかも大人口を抱えるとなっては、植民地化は難しい。寧ろ日本は常に攻め込む側だった。倭寇の襲撃や秀吉の朝鮮出兵はいい例だ。日本側にとっては大した事件ではないかもしれないが、大陸側にとってはかなりの大打撃だった。似たような孤立文明という点ではエチオピアが挙げられるが、こちらは内陸に封じ込められており、近代になって発展することはなかった。

 島国は何かと有利なのだが、ただ島であればいいわけではない。例えばインドネシアは無数の群島で国土が細切れにされており、国土の統合に支障をきたす。この点で日本は一繋がりになっており、統合しやすい。また、イギリスやスリランカといった島国と比べても民族的な均質性が高く、国内の火種もなさそうだ。フランスがスコットランドの反乱勢力を支援したような芸当はできないので、日本を間接的に攻撃することも難しい。

 日本はこれまでの歴史を振り返っても恵まれてきた。近代以前においては遊牧民の侵略を防ぐことができたし、ほとんど安全保障にコストを使っていない。近代になってようやくロシアの脅威に気が付いたが、あっさりと朝鮮半島を奪取して植民地化してしまった。大陸を緩衝地帯にするという考え方は間違いではなく、お陰で1945年の日本は助かった。ソ連軍は満州と北朝鮮で止まってくれたからだ。戦後の日本は韓国を緩衝地帯にすることによって冷戦に巻き込まれないで済んだ。お陰で西ドイツのような徴兵制はしかれなかった。日本が平和を謳歌していたのは韓国軍が尖兵になっていたからなのだが、なぜか韓国軍に感謝しようという人は少ないようだ。

 日本の弱点はただ一つ、それは天然資源だ。この弱みが原因で日本の安全保障は常に問題を抱えている。戦前の日本は天然資源を求めて太平洋戦争を引き起こした。日本が敗北した最大の原因はアメリカによる海上封鎖だ。大日本帝国は目的通りに大量の天然資源を奪取したのだが、それを本国に輸送する手段がなかったために干上がってしまった。現在はアメリカの自由貿易圏に組み込まれているので、大きな問題は起こっていない。

第3位 オーストラリア

 オーストラリアは世界の歴史を考えるとかなりの辺境だ。ユーラシアの文明の光はここまでは届かなかった。オーストラリアは文明が栄えることのなかった土地であり、先住民はかなり原始的な暮らしをしていたようだ。これは地理的にユーラシアから遠く切り離されていたことや、国土が砂漠ばかりであることが原因である。

 そんなオーストラリアだが、白人の入植地として大いに栄えており、世界でもかなり豊かな国である。この国は様々な点で恵まれている。

 まずオーストラリアは巨大な島国だ。そのため外敵がオーストラリアを攻めるのは極めて難しい。オーストラリアは日本と違って周囲にライバルになるような大国がない。北のインドネシアは常に分裂した発展途上国であり、オーストラリアの脅威にならない。第二次世界大戦中に日本は南進したが、オーストラリアは遠すぎて攻められる状態にはなかった。仮に攻め込めたとしても北部の砂漠地帯で干からびるだけだろう。同様に、中国から攻められるリスクも考えにくい。日本やイギリスと違って大陸国家の情勢を気にする必要がないのである。

 その上、オーストラリアは広大な国土を抱え、豊富な天然資源に恵まれている。これまたかなりの強みだ。オーストラリアは世界有数の資源輸出国であり、日本にも鉄鉱石や石炭を輸出している。農地にも困ることはない。万が一米中が全面戦争になっても、オーストラリアは民主主義の穀倉として頼りになるだろう。

 オーストラリアの弱みは人口がとにかく希薄なことだ。あれほど広大にもかかわらず、人口は2500万人である。この国は砂漠が多く、可住地がそこまで多くない。実はオーストラリアは不毛の地であり、大人口を養えるわけではない。大国として名乗りを上げるのは少し力不足である。

第2位 ブラジル

 地政学的にかなり恵まれている国はブラジルである。この国は島国ではないが、実質的に島国のような状態だ。北のベネズエラやコロンビアの方面からはアマゾンの熱帯雨林によって切り離されている。西方の諸国からもアンデス山脈で隔絶されている。唯一脅威となるのは南のアルゼンチンだが、ブラジルを征服するほどの大きさではないし、ウルグアイとパラグアイが緩衝地帯になっている。

 ブラジルは広大な国土を持ち、大量の天然資源に恵まれている。この点はオーストラリアと同じだが、ブラジルの場合ははるかに気候面で恵まれている。確かにジャングルは開拓が難しいが、可住地域は非常に広く、ブラジルの人口は2億を超える。パキスタンに抜かれるまでは世界第5位の人口大国だった。こうした事情を反映してか、ブラジルの貿易依存度は世界でも指折りに低い。この国はほぼ自給自足可能なのである。

 これほど恵まれた立場にいるにもかかわらず、ブラジルという国はどうにも目立たない。サッカーくらいしか国際社会で注目を浴びる機会はなさそうだ。ユーラシアのバトルアアリーナからあまりにも遠すぎるのかもしれないし、自給自足可能なのでそれ以上の何かを求めていないのかもしれない。日本やイギリスが島という安定した立場を生かして拡張していったのに対し、ブラジルは鈍重な大国といった感じだ。国土が豊かで広大なので、今の領域を大きく超えて勢力を拡大しても割に合わない。この点では中国やロシアに近い点があるが、両国は地理的関係でユーラシアの地政学的ゲームに巻き込まれるので常に行動は活発だ。

第1位 アメリカ合衆国

 やはりトップはアメリカだろう。この国の地政学的な立場はあまりにも恵まれており、この国が外部勢力に脅かされる展開は想像できそうにない。

 まず、アメリカは北米大陸では突出して大きく、隣接する国はカナダとメキシコだけだ。カナダは人口がアメリカの10分の1であることに加え、地理的に細長く脆弱であるため、ほとんど脅威にならない。南のメキシコは以前こそ脅威だったが、1848年の米墨戦争で敗北して以来、政治的にも経済的にも無力だ。最大の脅威だったのは南北戦争で南部が独立することだったが、幸い激しい戦争を経て再統一に成功した。したがってアメリカは事実上の島国としてふるまうことが可能になっている。

 アメリカはユーラシアの強国からの脅威にもさらされにくい。これはブラジルやオーストラリアと同じだ。19世紀にアメリカは急成長を遂げていたが、イギリスをはじめとしたユーラシアの勢力はアメリカを妨害することができなかった。第二次世界大戦を境にアメリカ海軍に対抗できる海上勢力は姿を消した。現時点で世界の海軍をすべて結集してもアメリカ海軍には勝てないと言われている。ドイツやソ連は陸軍国家だったため、海軍の拡張には限界があったし、日本は1945年に惨敗している。中国海軍も日本列島や台湾をはじめとした無数の障害物に阻まれてアメリカ海軍を脅かすまでには至らないだろう。

 北米大陸と海の次に来る防壁はユーラシアの同盟勢力だ。アメリカはその強大な経済力を生かしてユーラシアの勢力を均衡させている。1941年の時はドイツがあまりにも強大になったので、ソ連とイギリスを支援して倒した。ソ連が強大になった時はノルウェーから日本までユーラシア大陸をぐるりと囲む同盟国のベルトを作って封じこめた。中国に対しても同じ手段を使うだろう。アメリカはユーラシアに強国が出現しそうな時は、そのライバルを支援して間接的な攻撃を行うのである。

 こうした活動を支えるのはアメリカの豊かな国土だ。アメリカは天然資源に恵まれ、最近では石油の自給すら可能になっている。アメリカは広大な国土を持つ上にそのほとんどが温帯に位置し、可住地だ。これは他の面積の広い国とは一線を画す。カナダとロシアは国土の大半が凍土だ。オーストラリアは砂漠が多い。ブラジルはジャングルだらけだ。中国は可住地が多いが、それでもチベットの高山地帯など、国土の西半分は大人口を養いにくい。

 こうした国土を反映し、アメリカは3億人を超える人口大国となっており、しかもまだまだ余裕がある。アメリカの飛びぬけた強みとなっているのが、この国が主要国の中で唯一人口が増え続けるという点にある。日本や欧州諸国は軒並み人口を減らすし、中国やロシアも深刻な人口問題を抱えるが、アメリカだけはどこ吹く風だ。人口が激増する国もあるが、そのほとんどはアフリカ諸国やパキスタンのような最貧地帯であり、これらの国が台頭するとは思えない。人口崩壊する主要国と人口爆発する最貧国に二極化する中で、アメリカだけは世界中の移民を引き寄せて繁栄し続けるのだ。

 アメリカの地政学的な弱点はほぼ存在しないに等しい。唯一考えられるとすれば、アメリカが島国であるという前提が怪しくなった時だろう。そのような事態が起こせる唯一の国はメキシコだ。メキシコが強大になりすぎてアメリカのライバル国になったり、その逆に崩壊して難民が大量に流入するなどすればアメリカは深刻な問題を抱えることになるだろう。世界最強の軍事力を持つアメリカが勝利できない戦争があるとすればそれはメキシコ麻薬戦争で、現時点でも大量の麻薬がアメリカに流入し続けている。アメリカの唯一の地政学的問題はメキシコなのだ。

島国は最強?

 これまで挙げた国を見ていると、いずれも何らかの形で「島国」としての性質を持っている。ミアシャイマーも言っている通り、島国はやっぱり強い。海の国境線は軍事的な防壁になる一方で交易に関しては便利だ。平地は交易はしやすいが、攻め込まれやすく、山岳は攻め込まれにくいが、交易もしにくい。

 アフガニスタンやエチオピアといった山岳国は確かに急峻な地形のおかげで外部勢力の侵略を受けにくかった。この点では日本と似ている。ただし、両国はまさにその理由によって経済発展に支障をきたしている。エチオピアは日本と同様に歴史の深い孤立文明だったが、海への出口を確保するのに四苦八苦している。アフガニスタンに至ってはユーラシア最貧国である。ロシアの永久凍土や東南アジアの熱帯雨林も同様に防壁となる一方で交易の障害にもなっている。

 島国の弱点があるとすれば、それは海上封鎖だろう。上陸戦を仕掛けるのは難しくても、海軍力で島国を封鎖すれば干上がってしまう。第二次世界大戦で日本が屈服したのはこの方法だったし、イギリスも二度の世界大戦でドイツの通商破壊で大打撃を受けてしまった。大陸の国にこの方法は使えない。ロシアのように自給可能か、ドイツのように周辺国を陸軍で征服できるか、ベトナムのように地続きで物資を補給できるからだ。

 この点でアメリカ・ブラジル・オーストラリアは事実上の島国でありながら大陸国家としての性質を持つため、強い。これらの国は広大な国土を持つため、資源を自力で補給可能なのである。


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