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人数の多い世代は生きづらい?〜ロスジェネはなぜ生まれたのか〜

 日本は少子高齢化が深刻化しているため、子供が沢山生まれるのは良いことだと考えている人間が多い。子供が沢山いて賑わっていた昭和の光景を美化する人間もいる。今でも途上国に行くと道路で沢山の男の子が駆け回って遊んでいるのを見ることができるだろう。

 しかし、本当に子供が多いのは良いことなのだろうか。もちろん少ないは困るが、多いのも考えものだ。現代では忘れられているが、人口ピラミッドが富士山型の時代は今よりも遥かに困難な問題が多かった。実のところ、少子化時代の方がQOLはマシであることが多い。今回はそのことについて考えてみたいと思う。

 前回の記事では日本の各世代についてまとめてみた。整理してみると面白い傾向があった。人数の少ない世代の人間は比較的大人しく「覇気がない」と思われている。人数の多い世代は逆に暴力的な傾向が強く、社会問題の原因になることが多いのだ。例えば1980年代生まれが青少年だった2000年頃は少年犯罪がクローズアップされていたが、1990年代が青少年だった2010年頃には若者の少年犯罪離れが騒がれていた。公立中学のヤンキーはすっかり姿を消し、日本の治安は大きく改善した。

 考えてみれば単純なロジックだ。メディアでは世代間対立ばかりがクローズアップされるが、本当のライバルは同世代だ。人数の少ない世代は競争相手が少ないので、一流大学や一流企業に入りやすい。親からも社会からも手をかけられて育つのでお行儀がいいだろう。一方で人数の多い世代は何から何まで競争が激しく、勝ち組になれなかった人間は社会から落ちこぼれ、犯罪者やテロリストになってしまう。勝ち組になったところで転落の恐怖からは逃れられず、やっとの思いで入った会社にしがみつく人生となる。最近の働き方改革は労働力不足により従業員が「NO」と言えるようになった結果なのではないかと考えている。

 現在、メディアで注目される「負け組」の世代は氷河期世代だ。この原因は人口動態から説明することができる。

 氷河期世代やロスジェネ世代と言われる1970年代生まれは第二次ベビーブームの影響で他の世代よりも人数が多くなっている。したがって就職難が深刻化し、余った人間は社会の「残余」として悲惨な人生を歩むことになった。

 もう一つ大きな山となっているのが団塊世代だ。この世代は学生運動の全盛期で、現在よりも遥かに暴力的な時代だった。赤軍派を始めとする名だたるテロ集団もこの世代によって生み出された。

 団塊世代の下の1950年代中盤生まれは人数が少なくなっている。この世代は「しらけ世代」といわれ、のんびりした生き方が特徴だった。学生運動の嵐も沈静化し、「ゆとり世代」と言われることすらあった。

 1980年代に入ると出生数はどんどん減っていき、少子化の時代となる。1980年代に吹き荒れた校内暴力も1990年代にどんどん減っていき、不良が減少し始めた。それでもキレる17歳世代と言われるように、凶悪犯罪は起こっていたが、それすらもゆとり世代に入ると減少し始める。現在でも凶悪犯罪が起こっているが、青葉真司のように多くは1980年代生まれよりも上だ。1990年代生まれ以降は本当に治安は良くなっている。

 団塊世代の人数は氷河期世代よりも多いが、彼らほど悲惨になっていない。すぐ上の戦時中生まれの世代が非常に少ないため、人口圧力は見かけほど強くなかった。さらに当時の日本の衛生状態は悪かったため、上の世代の人数は出生数以上に少なかった。さらに団塊世代の時代は高度経済成長によって日本の経済が拡大していたため、問題が発生しにくかった。

 バブル世代もやや人数が多めだが、彼らはむしろ恵まれた立場にある。この時代は空前の好景気だったため、企業は後先考えずに採用を増やしたのだ。したがって多くの一流企業でバブル世代の社員は「膨らみ」になっている。また、1966年の丙午でこの年代の人数が少なく、人口圧力が軽減されているのも要因として考えられる。

 これらと比べると、氷河期世代は本当に運が悪い。タダでさえ人数が多い上、すぐ上のバブル世代の人数が多いため、彼らは人口圧力をモロに受けてしまった。しかも企業の採用人数がバブル世代に膨らみが。氷河期世代にくびれがある形となったので、人口動態とあべこべになってしまう。大企業の人口ピラミッドと日本の人口ピラミッドに乖離があることが問題を深刻化させている。

 こうした人口圧力は1990年代に入って少子化の世代がやってくると一気に解消し、ゆとり世代は受験戦争の緩和や長時間労働の削減で恩恵を受けることになった。「若者の社会への反抗」など聞いたこともないし、必要がないだろう。

 政治学の概念で「ユースバルジ」というものがある。人口増加により若者が余っている国家は政治的な不満が溜まり、紛争が発生しやすいというものだ。実際に、戦争で多くの犠牲を出した大正世代は日本の人口が増えていたこともあって、上の世代よりも人口が多くなっている。

 偶然かもしれないが、世界大戦の時代から一転して戦後は先進国の殆どで少子化が進行したため、大規模戦争は一度も起こっていない。そんなことをしなくてものんびり生きることができるからだ。いくつかの新興国にも似たような現象を見いだせるかもしれない。現在悪名高い紛争地帯として知られる中東は若年人口が多く、政治的不満が慢性的に充満している。

 例えばこれはガザ地区の人口ピラミッドだ。タダでさえ困窮状態のガザがこれほど多くの若者に雇用を提供できる訳がない。ロスジェネ世代の比ではないだろう。ガザの若者は相当生きづらいはずだ。この人口圧力が暴力と政情不安を産み、好戦的な風土に繋がっている可能性が高い。

 世代間格差の問題は今まで老人と若者の対立という構造で捉えられてきた。この見方は間違いではないが、本質から少し外れているだろう。世代間格差の真相は人数の多い世代が割りを食い、人数の少ない世代が得をするというものだ。昭和の老人が安穏と暮らしていけたのは、団塊世代やその下に比べて人数が少なかったからだ。戦争による減少がこれに拍車をかけた。お陰で彼らは多数の団塊世代を従えて高い地位に就くことができたし、老後の保証も容易だった。例えば後期高齢者医療制度の導入が直撃したのは昭和一桁世代であり、大正世代はその前に恩恵に預かることができた。

 団塊世代はこんなにうまくいかないだろう。しばしば団塊世代の保険料負担が現代に比べて低かったことが挙げられるが、金額ベースの評価は無意味だ。彼らが若者だった時の日本の物価は今とは全く違うからだ。団塊世代は少なくとも他の世代に比べて得はしていないだろう。定年延長は団塊世代の退職を待って導入されたため、彼らは下の世代に比べて働ける期間も短かった。団塊世代の社会保障は財政の負担になっており、切り下げも時間の問題だ。

 今後先行きが怪しくなっていく日本で、負け組となるのはまたしてもロスジェネ世代と思われる。70歳定年制が導入されるのは彼らの退職が終わった後だろうから、彼らは下の世代に比べて働ける期間が短い。しかも団塊の世代の社会保障は脆弱だろうから、介護離職が多い年代ともなる。セカンドキャリアを模索すべき時期に彼らは介護で余裕がないだろう。

 それでいて、社会保障は切り下げられる。彼らが75歳を迎える2050年頃には、出生率が激減した令和生まれ世代が20代となっているため、深刻な労働力不足が到来しているはずだ。彼らの発言力は今までのどの世代よりも強いだろうから、わざわざ介護のような職には就かないだろう。となると、介護の担い手はロスジェネ世代自身となるかもしれない。彼らは人生の晩年をバブル世代と断層世代の介護に捧げるのだ(この時代の日本人は90代前半で死ぬことが多い)。

 逆に令和生まれ世代は勝ち組だ。彼らの一学年は70万人であり、ゆとり世代の半分だ。彼らの時代の東大の難易度はゆとり世代の京大くらいだ。大学の難易度は全体的に0.5ランクほど下がると思われる。

 ロスジェネの一生をまとめてみよう。彼らは1970年代に生まれ、1980年代の校内暴力の吹き荒れる時代に思春期を過ごす。当時は丸刈り強制などの理不尽な校則がまかり通っており、暴力教師も沢山存在していた。大学入試は史上最難関となっており、第一志望に通った人間はほとんどいなかった。そして1990年代のバブル崩壊で就職氷河期に入り、就活は激戦となる。フリーターのまま過ごす人間も多かっただろう。2010年代から転職が一般化し始めるが、彼らはすでに35歳を超えており、相手にされなくなってしまった。団塊世代の介護が必要になってくる2030年代に彼らは介護で忙殺され、セカンドキャリアへの準備が不十分となる。老後の貯蓄は年金受給開始までの空白期間と親の介護で使い果たしてしまう。彼ら自身の介護が必要となる2050年代になると日本は若年労働力が底をつくので、介護難民が発生する可能性が高い。

 1970年代生まれがここまで悲惨な世代となった理由を再整理してみると
・他の世代に比べて人数が多く、競争が激しい。
・すぐ上の世代の人口も多く、ポストが開かない。
・就職適齢期に日本の経済成長が終わり、就職難に。
・親世代の人口が多く、介護が大変。
・子供世代が少なく、介護を受けにくい。
といった理由が考えられると思う。本当にこの世代はついていない。人口増加の恩恵を受けられず、人口減少のダメージをモロにかぶってしまう。

 上の世代の人間は手放しに人口増加を喜ぶが、とうの世代の人間は全く喜ばしくはない。ライバルばかりが多く、老人になると社会保障が受けにくいからだ。こう見ると、少子化も悪いことばかりではないのかもしれない。

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