イスラエルのラファ侵攻は可能なのだろうか???

 そろそろ半年を迎えようとしているイスラエル国防軍によるガザ侵攻だが、ここ最近は国際社会からの圧力がどんどん強まっている。アメリカの国内世論を見ても、ついにイスラエル支持より不支持の方が上回るようになっている。これは選挙を控えるトランプ元大統領の発言をみても伝わってくる。基本的に親イスラエルの路線を堅持していたトランプだが、この前ついにイスラエルへの苦言を呈し始めたのである。

 イスラエルの争点はラファへの侵攻だ。ガザ地区の南端にある、エジプト国境付近の町である。ここはガザ地区の最後の砦となっており、ガザ地区の200万を超える人口のうち、150万人が避難生活を続けているという。イスラエルはラファへの侵攻を名言しているが、アメリカをはじめ国際社会はイスラエルを思いとどまらせようと圧力をかけている。国際司法裁判所にイスラエルが提訴されたり、ボイコット運動も盛んである。

 イスラエルがなぜラファに侵攻したがっているか、あるいはしなければならないかはイスラエルにとってこの戦争がいかなる目的を持つかを理解する必要がある。イスラエルは2008年と2014年にガザ地区へ大規模攻撃を仕掛けたが、この時の目的はハマスの殲滅ではなく、集団的な懲罰だった。ガザ地区に大きなダメージを与えればガザ側が萎縮し、イスラエルに屈服するだろうという計算だ。イスラエルは同様の行動を建国以来常に行っており、必ず受けた被害は倍返しにしている。こうしたハマスに対する定期的な軍事行動は「草刈り」に例えられてきた。ハマスという草が伸びてくるたびに定期的に攻撃して一定の水準に抑えるわけである。あまりにもハマスが弱体化するともっと過激な集団が勢力を拡大してしまうので、生かさず殺さずでガザ地区を封じ込めていた。

 ところが、2023年ガザ戦争の目的は異なる。今回の戦争は単なる妨害工作や「草刈り」ではない。10月7日の「アルアクサの洪水作戦」はイスラエル史上最大のテロ攻撃であり、イスラエル国家が許容できる水準を超えていた。ホロコースト以来最悪の一日とも言われた。ここに来てイスラエルの目標はハマスの殲滅にグレードアップした。もうハマスはイスラエルと共存できる存在ではないということだ。

 イスラエルにとってガザ地区の全土制圧は最低目標だ。地上軍による制圧をなくして敵国を殲滅した国はほとんど存在しない。ハマスを殲滅するには最低限、地上軍を投入してガザ全土を占領しなければならない。イスラエルがラファに侵攻しなければイスラエルはガザ地区を完全には占領できなくなるため、ここでストップしてしまえば2014年の作戦を10倍に拡大しただけになってしまう。ハマスはいずれ復活し、同様にイスラエルに攻撃を仕掛けるようになるだろう。

 というわけでイスラエルは何としてでもラファに侵攻しなければならない。ネタニヤフは停戦交渉に代表団を派遣してきたが、一方で停戦はないとも明言してきた。今までの経緯を見るに、後者が本音なのだろう。12月に1週間の停戦をした時を除けば停戦交渉が実を結んだことはなく、常に決裂を続けている。おそらく停戦交渉は国際世論をなだめる上での偽装工作なのだろう。イスラエルはラファへの侵攻を今も狙っているし、国際社会が飽きるまで待っているのかもしれない。

 パレスチナ紛争が極めて特殊な理由は、この紛争が国際社会の注目を異様なまでに集めていることがある。アメリカの国内世論はイスラエルへの対応を巡って二分しているが、別の大陸で国内問題になるような紛争は珍しい。イスラエルの軍事行動にとって最大の障害はパレスチナの窮状に同情した国際社会が介入してくることだ。イスラエルは小国なので、もしアメリカやヨーロッパに縁を切られることがあったら大変だ。イスラエルは常に大国の動向を伺っているが、それはパワーゲーム的な意味ではなく、世論戦の意味合いが強い。要するに、イスラエルにとっての最大の脅威は、イランでもアラブ諸国でもなく、アメリカ国内の人権活動家なのだ。

 イスラエルにとってアメリカの動向は関門だ。バイデン政権はイスラエルに凄まじい圧力をかけており、ラファへの侵攻を思いとどまらせようとしている。その理由は国内世論が人権にうるさいからでもあり、アラブ諸国の世論が暴発するのを恐れているからでもある。アラブ諸国は依然としてガザに冷淡だが、アラブの民衆がイスラエルに対して及び腰な自国政府に怒りの矛先を向けることは十分に考えられる。

 筆者の予想では、おそらくイスラエルはラファに侵攻すると思う。それがどの程度先になるかは分からないが、必ず侵攻は行われる。民間人の避難を行った上でという体裁を取るのは間違いない。これはパレスチナに配慮しているというよりも、アメリカの国内世論に対するカモフラージュだ。一応はバイデン政権を納得させた後でイスラエルはラファに攻撃を開始し、沢山の人間が死ぬことになるだろう。民間人も多数巻き込まれる。それはイスラエル軍がガザの民衆の生命をどうでも良いと思っているからであり、ハマスが避難活動に消極的だからでもあり、民衆自体が移動を良しとしないからでもある。

 読めないのはネタニヤフ政権の動向だ。ネタニヤフ政権は当初から人気がなく、怪しげな状態だった。汚職と司法介入で国内は紛糾状態であり、第三次ネタニヤフ政権が成立したこと自体が驚きだった。ネタニヤフ政権は右派色が強く、オスロ合意にも敵対的だ。パレスチナ国家の存在をネタニヤフは認めないと明言している。イスラエルの憲法に自国がユダヤ国家であるとの文言も追加した。アラビア語は公用語から外されかけている。

 ネタニヤフが復活した要因は極右勢力と連立を組んだからだが、これがまたものすごく右寄りだ。極右政党からネタニヤフ政権に入閣している人物は、オスロ合意は完全に無視している。国際会議でガザ地区の完全封鎖案を堂々と発表したり、パレスチナ人の少年を射殺した兵士を表彰したりもしている。ガザ地区への再入植も構想しているらしい。

 イスラエル国内の世論は分裂しており、政権は不安定化している。ネタニヤフ政権の支持率は低く、戦時指導者としては珍しい。ネタニヤフ政権に対して人質の家族は抗議デモを行っている。リベラル派からの反感も強い。ネタニヤフ政権がどこまで持つかは定かではない。もし下野すればネタニヤフは収監される可能性が出てくる。実際、2008年のガザ攻撃を実行したオルメルト前首相は収監されている。ネタニヤフは不人気を挽回するために極右勢力への依存を強めており、ガザでの作戦が強硬になるかもしれない。

 とはいえ、イスラエルの世論がガザへの強攻策を望んでいることは間違いない。ガザでの作戦はネタニヤフの趣味で行われているわけではなく、軍・警察・諜報機関に加えて無数のイスラエル国民の支持と協力によって成り立っている。仮にネタニヤフが刑務所送りになってガンツか他の誰かが首相になったとしても、ガザ戦争の展開は大きな影響を受けないだろう。イスラエルは国家安全保障上の要請でガザを支配する必要があり、世論もそれを望んでいる。

 ガザ戦争の経過を予想する一つの指標は犠牲者数だ。現在ガザ地区の犠牲者数は3万3000人となっている。実際は瓦礫の下に行方不明者がいるため、もう少し犠牲者は多く、4万人に近いとも言われる。対するイスラエルの犠牲者は1500人だ。だいたいパレスチナの犠牲者数はイスラエルの30倍であるため、5万人辺りまでは大丈夫だろうと政権は考えている可能性がある。イスラエルとしてはまだ少し余裕がある。ラファ侵攻で1万人程が死亡し、イスラエルが全土を制圧して大規模作戦は終了するのだ。イスラエルはそれまでどうにか国際社会の追及をかわさなければならない。

 それにしてもこの状況で頑なに停戦しないハマスは何を考えているのか。ハマスの条件はイスラエル軍のガザ撤退であり、要するに現状復帰だ。ガザの住民が戦争でイスラエルに反感を持つことはあっても、好感を持つことはありえないから、ハマスはイスラエル軍が撤退しさえすれば再び権力の座にありつけることになる。ハマスの目的は国際社会がイスラエルを止めてくれるまで逃げ回ることだ。そのためなら民間人の犠牲が出ても問題ないし、むしろ多い方が良いかもしれない。ガザ地区は人口過剰状態であり、大量殺戮があっても代わりはいくらでもいる。もし現状復帰ができればパレスチナ問題への関心が高まり、ハマスにとっては有利になるかもしれない。

 イスラエルとしてはハマスに勝たせる訳には行かないから、やはりラファに侵攻し、ガザ全土を掌握することになるだろう。ガザの中央部には新しい道路が引かれ、ここでガザ地区は南北に分断される。人口の少ないイスラエルにとってガザの再占領は困難を極めるだろう。シリアやレバノンでも紛争を抱える危険性が高く、この国の前途は多難である。


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