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史上3番目に核兵器を使うのはどこの国だろうか:全シナリオ考察まとめ

 人類最強の力を持つ核兵器だが、その使用例は少ない。今まで使われたのは広島と長崎の二回だけである。それ以降、80年にわたって核兵器の使用はタブーとなっていた。米ソで核の均衡が取られたことや世界的な反核運動も原因だが、一番はあまりにも威力が強すぎて誰も使う勇気がなかったからだ。広島長崎の原爆は初期の開発型にも関わらず、20万もの死者を出した。冷戦時代に開発された核兵器は広島・長崎の原爆よりも遥かに強力であるため、実戦投入されたら天文学的な被害が出ることは容易に想像が付く。こうして1945年から1991年まで続いた米ソ対立は一度も核が使われること無く終了した。

 さて、史上三度目の核攻撃が行われるとすればどんな形になるだろうか。想像するに恐ろしいが、この先永遠に核兵器が使われないとは限らない。想定しうるシナリオを考えてみよう。

核保有国

 まず、核保有国を洗い出してみよう。現在、核を持っているのはNPTで核保有が認められているアメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国の常任理事国だ。これに加えてNPTを無視しているインド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮の4カ国を加えた9カ国が核保有国である。南アフリカ・ウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンも以前は核を持っていたが、現在は廃絶している。これに加えて核開発の疑惑が根強いイランを候補国に入れても良いかもしれない。

 他にも核開発が可能な国は沢山ある。日本・韓国・ドイツなどが良く挙げられる。ただし、これらの国は基本的にアメリカの親密な同盟国であり、安全保障上は必ず他の西側諸国と歩調を合わせるはずだ。したがって独立して論じる意義に乏しい。これは核保有国のイギリス・フランスも同様である。従ってイギリス・フランスの核兵器についてはアメリカ陣営の一部と考えることにする。

 テロリストによる核保有もしばしば映画で登場するが、これは考えにくい。核兵器の製造は非常に困難で、北朝鮮もイランも長年四苦八苦した。テロリストが独力で可能とは思えないし、仮に試みたとしても簡単に見つかってしまうだろう。従って核兵器を開発するのは主権国家に限られる。例外的に非国家主体が核兵器を保有するケースに関しては後に述べる。

 それでは想定しうるケースについて一つ一つ論じていこう。

アメリカVSロシア

 冷戦時代に最も恐れられていたシナリオである。両国の持っている核兵器は万単位であり、他の国と比べても桁違いに多い。現時点で相互確証破壊が可能な唯一の組み合わせだ。世界を滅ぼす力を持っているのはアメリカとロシアの二カ国と考えてよいだろう。

 ただし、まさにその理由によって核兵器の使用は抑止されてきた。怖くて使う勇気がないのである。米ソ冷戦時代は完全に均衡していたし、ソ連崩壊後も核兵器の管理は守られていた。ウクライナ戦争の時は核兵器の使用が恐れられていたが、西側とロシアはこの点に関しては常に慎重だった。プーチンも核兵器を使用する勇気はないようだ。

アメリカVS中国

 これは今後の米中冷戦で想定されるシナリオだろう。中国の核兵器はアメリカよりも遥かに少なく、中国は核の先制使用を否定していた。中国の核兵器は抑止目的の小規模のものであり、ロシアのように世界を滅ぼすような力はない。

 中国が核使用に踏み切るのは自国の死活的利益が脅かされた時だけだろう。ロサンゼルスやサンフランシスコのような大都市を壊滅させるだけの核兵器は持っているので、アメリカを抑止することができる。かなりコスパの良い核開発だ。お陰で中国は19世紀や日中戦争のような外敵の侵略を気にしなくて良くなった。

 台湾問題が火を吹けば核使用のシナリオが検討されるだろうが、たぶんロシアと同様に使う勇気はないだろう。

中国VSロシア

 冷戦時代に実は可能性のあった組み合わせである。文化大革命の時期の中ソは激しく対立していた。北京の地下鉄が大深度にあるのはソ連からの核攻撃を恐れていたからと言われている。両国は戦争寸前まで緊張が高まったこともある。

 ただ、現時点で中国とロシアが対立するシナリオは考えにくい。ロシアは弱体化するだろうから、ますます対中依存が強くなるはずだ。ただし、ロシアが西側と融和して対中包囲網に入ったり、中央アジアの権益を巡って中国と激しい対立状態に陥る可能性もある。これは現時点での国際秩序では考えにくいが、21世紀の中盤にもなれば可能性があるかもしれない。

アメリカVS北朝鮮

 これまた定期的に恐れられるシナリオだ。北朝鮮は非常に弱い国であるため、核保有は国家安全保障の命綱だ。核兵器があるからこそ北朝鮮はアメリカと対等に話ができるのだ。北朝鮮はわざと見せつけるように核兵器を誇示し、西側世界を揺さぶって譲歩を引き出そうとしている。北朝鮮が経済破綻した1990年代に金正日は援助を脅し取る切り札として、核兵器の有効性に気がついた。かなりの奇策だが、お陰で北朝鮮は現在まで生き残っている。

 北朝鮮が核兵器を使用する場合は何らかの事情で米韓が北朝鮮に全面侵攻した時だろう。ここで使わなければいつ核を使うのか。北朝鮮で何らかの内乱が発生し、ここぞとばかりに西側が北朝鮮を介入しようとするシナリオは十分に考えられるだろう。
 
 余談だが、北朝鮮はアメリカの邪悪さを述べる時にリビアを引き合いに出している。リビアはアメリカの交渉に乗って核開発を蜂起したが、2011年のリビア内戦でアメリカの介入のせいで崩壊し、カダフィ大佐は民衆に惨殺された。北朝鮮はその手には乗らないぞと言っている。トランプ政権下の米朝交渉で「リビア方式」という言葉を使ったのはネーミングが悪すぎると思う。

中国VSインド

 インドは史上6番目に核兵器を開発した国だ。実際はイスラエルの方が速いらしいが、イスラエルが一切の情報を秘匿しているため、インドが6番目ということになっている。インドが核兵器を開発したのは中国に対抗するためだ。両国は潜在的なライバル国家であり、今後この対立は深まるかもしれない。米中冷戦の第三勢力としてインドが予想不能の動きになれば、もしかしたら両国の核戦争は考えうる。ただし、両国の間にはヒマラヤ山脈という強力な緩衝地帯が存在するため、存亡を掛けた争いにはならないだろう。

インドVSパキスタン

 これは最も恐れられているシナリオである。大国が核拡散を恐れるのは中小国が勝手に核兵器を使用する可能性が否定できないからだ。インドとパキスタンは建国以来激しく対立しており、いつ戦争が起きてもおかしくない。

 インドはパキスタンよりも遥かに人口が多く、最近は経済状況もかなり良い。従って国力で圧倒しているインドは核兵器を使用する理由に乏しい。問題はパキスタンだ。この国は潜在的に不安定であり、国土の主要部をインドにさらしている。地政学的にかなり脆弱な立場にあることは間違いない。従ってインドとの戦争が劣勢になればパキスタンは核兵器を使用するかもしれない。

 インドとパキスタンはこれまで何度か戦争を行っているが、いずれも国力からすると小規模な限定戦争だ。これは両国の国民が大規模戦争の恐ろしさを知らないということも意味する。1914年のヨーロッパのような向こう見ずなナショナリズムで戦争が行われた場合、本当に核兵器が使われるかもしれない。

イスラエルVSアラブ諸国

 これまで挙げた国は他の核保有国の脅威を防ぐために核兵器を使用するリスクがあるが、イスラエルの場合はライバルとなる核保有国が今のところ存在しない。イスラエルの核保有はアラブ世界の海に浮かぶ孤島という世界で最も脆弱な地政学的条件に対処するために行われている。

 イスラエルの国土は狭小で、細長い。もしアラブ諸国が全面攻撃を仕掛けてきたら国家滅亡の可能性が否定できない。イスラエルは1960年代にフランスの協力で核兵器を開発し、最後の切り札を手に入れた。

 現在のイスラエルは比較的安泰な状態なので、核兵器を使用することは考えにくいだろう。ただし、状況はいつ急変するかわからない。中東情勢が流動化すればイスラエルが存亡の危機に立たされる可能性もあるだろう。イランが核保有国になったり、エジプトで革命が発生したり、トルコが予測不能の動きに出たりというシナリオだ。

アメリカVSイラン

 イランは現時点で核保有に成功していない。どこまで本気かも分からない。ただ、イランが核兵器の完成に近い位置にいることは確かだ。アメリカはイランの核保有は非常に恐れており、ありとあらゆる手段で妨害してきた。ただでさえ地域で存在感を強めているイランが核保有国になったら収集不能の事態である。サウジアラビアやトルコが核開発に邁進するリスクもある。不安定な中東地域で核開発競争が起きたら大変だ。

 イランが核開発に成功したら非常に危険な事態になるだろう。アメリカとの緊張が一線を越え、核兵器が使用されるかもしれない。アメリカの直接介入を防ぐためにイラクやシリアで恣意的な核攻撃が行われるかもしれない。この場合、西側の対応は全く予測不能だ。イスラエルが勝手に攻撃する可能性もある。そうなれば本当に危険な状態になるだろう。

ロシアVSウクライナ

 不安定な緩衝国からすっかりロシアのライバル国に昇格したのがウクライナだ。ウクライナ戦争では何度かロシアが核兵器を使用するリスクが囁かれてきた。いわゆる核戦争的な使い方ではなく、戦場で戦術核兵器を使用し、戦況を打開するかもしれないというシナリオもある。例えばウクライナ軍の前線基地に小型の核兵器を打ち込んで前進するといったものである。

 この場合、「核兵器は使える兵器である」という風潮が広まるリスクが高いだろう。小規模な使用ならOKというならば、線引をどこにするべきなのか。西側がロシアの核使用を恐れるのはこうした要素もあるのである。キエフが核で消滅するよりも、前線で核砲弾が使われる方がトータルでは恐ろしいかもしれない。

 ロシアを追い詰めないためにはウクライナを緩衝地帯として存続させるしかない。従ってウクライナのNATO加盟は考えにくいだろう。また、戦後のウクライナが核保有国になるリスクも高い。NATO加盟が認められない以上、核を頼るしか無いからだ。ウクライナ国内では「核兵器を放棄したからロシアに攻められた」という議論が噴出しており、再び核兵器を再建する可能性は否定できないだろう。

ロシアの内乱

 2023年のワグネルの反乱ではロシアが内乱状態になる可能性が恐れられた。ロシアのような大国では考えられないが、もしかしたらこのまま政情不安が増したらロシア国内で内乱が発生するかもしれない。

 もしロシア連邦が軍事的に崩壊する可能性があれば、中央政府が核兵器の使用を検討する可能性は十分に考えられる。首都に迫るワグネルに核兵器を使用したり、チェチェンゲリラの掃討のために核で地域を薙ぎ払ったりという暴挙に出る可能性は否定できないだろう。使用地域が「国内」になるので、核戦争に繋がる恐れがないことが使用を後押しするかもしれない。

パキスタンの内乱

 これは非常に恐れられているシナリオである。現時点で最も可能性が高いかもしれない。パキスタンの経済状況は悪化の一途を辿っており、現在この国は最貧国の水準に近づいている。パキスタンは2億を超える人口を擁し、多種多様な民族が居住している。もしパキスタンが不安定化したら大変なことになるだろう。この国は以前から脆弱国家に挙げられており、もし国内が内戦状態になったら核兵器の管理はどうなるのかわかったものではない。

 仮に中央政府が崩壊した場合、非国家アクターに核兵器が渡る可能性がある。こうなると、ISISが核を手にする日も来るかもしれない。

北朝鮮の内乱

 北朝鮮の崩壊論は昔から常に囁かれてきた。もし北朝鮮の崩壊が内乱という形を取れば、この国の政権が核兵器の使用を躊躇するとは思えない。

 ただ、北朝鮮は均質性の高い全体主義国家であり、パキスタンに比べると内戦状態になる可能性は低いだろう。1989年の東ドイツのようにエリートがやる気をなくして崩壊するという方向に向かう可能性も十分にある。この場合、核兵器は使用されないだろう。

 また、北朝鮮が崩壊した場合はおそらく核兵器は周辺諸国の共同管理の下で解体されるため、パキスタンに比べると安全である。国のサイズが小さく、高度に発展した東アジアの中央に位置することが幸いするだろう。

それ以外のシナリオ

 考えられる可能性を片っ端から考えてみたが、これ以外のシナリオが存在しないと断言することはできない。今のところ核保有国は9カ国だが、これ以上増える可能性もある。最も可能性が高いのはイランだが、現在候補に上がっていない国が核保有に走るかもしれない。ウクライナは危険信号だ。他にもトルコやサウジアラビアは核保有を検討する可能性がある。

 日本・韓国・欧州諸国はアメリカと強い信頼関係で結ばれているが、イスラエル・トルコ・サウジアラビアあたりの国は単独行動に出るきらいがあり、予測不能だ。これらの国が勝手にイランと核戦争を始めた場合、西側はどうやって止めるのか。非常に頭が痛い問題になるだろう。

 現在は候補にも上がっていないが、成長著しいベトナムも核保有を検討するかもしれない。この国の地政学的位置はウクライナに近いからだ。ベネズエラも可能性があるが、能力的に難しいだろうと思う。台湾は核保有の能力は十分だろうが、アメリカが説得して止めさせるだろう。

日本はどうか

 日本の核保有は右派系の知識人を中心に定期的に議論に上るのだが、核兵器の使用可能性という観点ではほとんど議論する意味がないだろう。核兵器に対して日本がどんな関わり方をしようとも、日本が西側世界の一環として行動することは明白だからだ。イギリスやフランスの核について独立して議論する意味がないのと同じである。フランスは植民地戦争をやっていた時代は独自行動の可能性があったが、最近は完全にアメリカの衛星国になっている。そもそも欧州諸国の軍隊は最初からアメリカと共同行動することを前提として設計されており、日本の自衛隊と大して変わらないのだ。

 もしアメリカで内戦が発生するなどして西側同盟が機能不全になれば話は変わるかもしれない。この場合は全てが予測不能だ。第二次世界大戦後の国際秩序が根本的に変わってしまう可能性がある。こうなると西側の同盟国が次々と核開発を進めたり、お互いに対立状態になってしまうかもしれない。このシナリオはテールリスクかもしれないが、世界の秩序には壊滅的な打撃を与えるだろう。

まとめ

 核兵器の使用可能性のある組み合わせを考えてみると、意外にも数が多いことに気がついた。一つ一つの組み合わせの確率は低くても、これほどパターンが多ければ使用されるリスクは無視できないかもしれない。

 冷戦時代は米ソだけ考えていれば良かったので対処はラクだった。他に可能性があったのは中ソ対立と第四次中東戦争くらいだろう。ところが現代は当時よりも核拡散が進んでおり、国際関係の流動的だ。大国同士はもちろんのこと、北朝鮮のような小国の動向にも気を配らなければならない。こうなると核兵器の使用の可能性はむしろ上がったことになる。あまり指摘されないが、内乱で核兵器が使用されるリスクもある。21世紀の国際政治は核兵器の使用という点でも注意が離せないだろう。

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