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手紙

あの日から、出せなかった一通の手紙がある。
そのすべてを芝居で伝えるのだというのには
多少無理があるだろう。
わかっている。
それでも、手紙に書けなかったことを
いくつかはお客さまにお見せすることが出来たら。
この上ない喜びである。

わたしには言いたいことがあった。
コロナしかり薬しかり手術しかり
本当のことが何かわからなかった苦しみを。
わたしは憎んだ。
わたしの母を殺した何かを。
それが理不尽だと言われてもそうだった。

母は若者でもなく
殺されたわけでもない。
それなのに、わたしは憎んだ。
どこにも存在しない
母を殺した何かを。

愛とは、憎しみである。
そのことをわたしは
知らなかった。

今回演じる作品で
老夫婦は市役所を心から憎んでいる。
税金の取り立てに来るからというのが
表面上の理由だ。

でもわたしは演じていて思ったのだ。
娘を轢き殺したのは
「市電」だったと。

人間とは。
とても知的な生命体だ。
進化し、文明を進め、こんな立派な国になった。

何かを、置き去りにして。

あの日、置き去りにしてしまったものを
取り戻すために。
手紙に書こうとして
破いて捨ててしまった
あの文字を思い出すために。

わたしは生きていく。
そして、傍らには演劇がある。

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