不思議な同居

 彼女は中古のマンションに住んでいた。彼女のマンションの居室の以前の家族は旦那さまが亡くなって、幼子を2人抱えた奥さまが売り急いでいたのだった。

 そういう経緯から安く中古マンションを手に入れた彼女だったが、時々その家で変なことが起こった。

 例えば、ホットカーペットがカチッと音を立てたり、無言電話がかかってきたり。それが彼女のうとうとと気持ちよく昼寝をする時に起きるのだった。しかし、その直後に宅配便の人が来たり、テレビのおもしろいシーンがあったりして、決してその騒音とも取れる小さな音が彼女を悩ませることにはならなかった。

 むしろ助けてくれていると彼女は気がついたのだ。

 彼女は、これはきっと以前住んでいた亡くなったご主人が私のことを見守ってくれているのだわ。と思い、カチッという音や電子レンジのピーッという音にもありがとうと思うようになった。

 でも、彼女はその気持ちをどう表現していいかわからなかった。独り言でありがとうと言うのも気持ちが悪いし、何か特殊な病気と間違えられるかもしれない。

 引っ越してきてしばらく、以前住んでいたご主人の郵便物が間違って届くことがあり、権田さんという名前だということは知っていた。

 彼女はその不思議な応援の音に敬意を表して、日記を権田さん宛の手紙のようにしたためることにした。

 権田さん、ありがとう。今日起こしてくれたおかげで、愛の不時着の重要なシーンを見逃さずにすみました。

 権田さん、ありがとう。今日タイマーを鳴らしてくれたおかげで、お鍋が吹きこぼれなかったわ。
 
 彼女は些細なことではあったけれど、もう亡くなってしまったけれど、自分のことを助けてくれる権田さんとの交流を楽しんでいたし、日記も筆が進んだ。そして、残された奥さまやお子さまたちのことも想像せずにはいられなかった。

 権田さんとの同居とは違う何か不思議な関係は彼女だけの秘密にしておくことにした。特に人に言うことでもないし、全くの彼女の間の抜けた思い込みかもしれなかったからだ。誰にも迷惑をかけているわけでもなく、彼女が幸せなら他人が介入する問題ではないと彼女は思った。

 株価がバブル以降最高値をつけているとテレビのニュースが流れている。しかし、彼女は株を持っていなかったし、なんの問題もそこにはなかった。毎朝朝焼けの中を車が列をなして走っていくように、時間だけが無情にも流れてそれぞれの人の人生が繰り返される。

 権田さん、もう寝るね。おやすみなさい。

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