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創作昔話 長編シリーズ1 善鬼坊

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創作昔話 善鬼坊(8)終

善鬼の法要は村だけではなく近在の村などからも

参列者が出て 盛大に執り行われた 戒名は

良善鬼大和尚と書かれた 話しはそれだけでは

終わらず 

村の名主の夢枕に立ち 「これから村に疫病などが流行り出すが わしを祀り わしの絵札を張れば 疫病神は恐れおののき立ち去るであろう」

と言い 名主が祭主となり善鬼坊神社が建立され 善鬼の顔つきを模した絵札が刷られ 村の柱や壁に張られた それから幾年

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創作昔話 善鬼坊(7)

 村人は衰弱しきった老僧が元は鬼であり
人食い鬼であると 代替わりはしても人食い鬼の話しはずっと続いていた その本人がいた

もしこれがなんの信頼もなく 人付き合いも

ないまま真実を知ったなら討ち取りもしたろうが

今の村人やその親世代にしては気の良い僧であった過去があり 苦悩の顔つきばかりが浮かんだ

だが今の村人には気の良い僧 それで良いのだ

善鬼は村人達の顔に受容の相が見え始めるや否や遺

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創作昔話 善鬼坊(6)

だが善鬼も歳には勝てなかった いくら鬼であっても年老いてゆき 床に臥すことが多くなっていった 善鬼も最期を悟ったのか村人を呼ぶように言いつけた 何十年も村にいたのだから代替わりもあったが善鬼のことを知らないものは誰一人としていなかった 村人は衰弱しきった善鬼の言葉を聞いた 

「拙僧は元々村はずれの山に住まう

悪鬼であった 旅人を襲い その死骸を食らって

生きていた どうしようもない奴であった

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創作昔話 善鬼坊(5)

読経が終わった後外に出ると村人は鬼に名前や様々なことを聞いてきた 善鬼は最初は困惑していたが 丁寧に話し 彼らを安心させた

(村人は わしのことは知らないのだ 知らないなら知らないままでいい 彼らを不安がらせてなんになる)

それが善鬼の心の中に浮かび上がったのだ

それからは村の行事に参加したり 祈祷や法要は断らなかったという また村人にも好かれ善鬼という名前は名乗りはしたが 鬼坊さん 鬼坊さ

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創作昔話 善鬼坊(4)

鬼は善鬼という名前を与えられ 得度し小僧としての

僧の道を歩むこととなった 最初は什器を誤って壊したり 床を踏み抜いたり 失敗ばかりであったが 善峰は辛抱強く指導し続けた 年数が

経つにつれ 鬼は穏やかな心を得たのか言葉も

穏和に 読経も板に付いてきた すると善峰は

あの村に帰りに無住の寺に行け と言った

鬼は人々の命を奪った過去を悔やみ 贖罪の為ならと心に決め旅支度を整え村に向かった

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創作昔話 善鬼坊(3)

「主の今の姿は家人を主に食われた衆生の姿だ このまま改心せぬ時はこの利剣が黙っておらぬ 衆生の為に尽くし 仏弟子と為るなれば 命を助けてやろう」

と語った 鬼は情けないやら命は惜しいやらで顔面はより青白く 涙ながらに誓いを立てたのだ

不動尊は 承知したと言うや否や 鬼を洞穴に戻し 羂索を鬼の身体から取ると ふっ と消えてしまったのだ 鬼は一瞬の出来事に困惑を

隠しきれなかったが 誓いを立てた

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創作昔話 善鬼坊(2)

さて その夜 村からいくらか離れた山の洞穴に

鬼がいた 体は青く 非常に大柄であった

鬼は捕まえた旅人の亡骸を食いつくしたのか 

と寝息をたてていた 寝出したころ 東の空から

紫の雲が鬼の住む洞窟に向かってきたのである

その中からあの修験者が祈祷していた不動尊が現れ 右手に持つ羂索を眠る鬼へ投げつけるや否や 意思を持ったかのように するりと身体に巻き付いた 鬼は何事かと目を覚まし 紐をほ

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創作昔話 善鬼坊(1)

これは私が若年の頃に採取した昔話である

昔 東北のある地方で人食い鬼が出る という

山があった 名のある修験者 僧侶が調伏

せんと足を踏み入れたが 還ってくる者は

一人とていなかったそうな 近在の村などは

その山を通らなければ人馬の行き来が出来ない

為に非常に難儀をしていた その時 村の

旅籠に泊まっていた 修験者で名を

金剛院 善峰といい 顔つきは鍾馗様のように

厳ついが とて

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