アイヒェンドルフ「月夜」(ドイツ詩100選を訳してみる 4)

ちょっと思い浮かべるだけでぞくぞくする音楽というのはそう多くはない。ぼくにとって、アイヒェンドルフの詩によるシューマンの歌曲「月夜」(Mondnacht) Op.39-5 はその一つだ。

音楽と文学が蜜月のような関係にあったドイツ・ロマン主義においても、アイヒェンドルフほど作曲家に愛された詩人は他にいないという。音楽のおかげでこんなにも愛され続けていると言ってもおそらく失礼にはならないだろう。

日本でいうと立原道造に似たものを感じる。限られた語彙を使ってシンプルな美を織り上げている。それを後からナイーヴすぎるなどとばかにするのは簡単だが、そこには抗いがたい魅力がある。そしてちゃんと理解しようとすると実はあまり意味がわからなかったりもする。

Mondnacht

Es war, als hätt' der Himmel
Die Erde still geküßt,
Daß sie im Blütenschimmer
Von ihm nun träumen müßt'.

Die Luft ging durch die Felder,
Die Ähren wogten sacht,
Es rauschten leis die Wälder,
So sternklar war die Nacht.

Und meine Seele spannte
Weit ihre Flügel aus,
Flog durch die stillen Lande,
Als flöge sie nach Haus.
月夜

まるで 空が 大地に
そっと口づけをしたかのようだった、
そうして 大地は 花々に照らされて
空ばかりを夢見ているかのようだった。

風が 畑を吹き抜ける
麦の穂が やさしく波打つ
森が ひそやかにささやく
星の明るい夜だった。

そして 私の魂は
翼を大きく広げて
静かな風景の中を飛んでいった、
ふるさとへ向かうかのように。

(大山定一・西野茂雄・瀧崎安之助・森泉朋子・喜多尾道冬の訳を参考にした。)

いろいろ解釈はあるが、「正解」があるわけではないので、特定の読みを押しつけることは避けておこうと思う。一つだけ、ドイツ語やギリシア語で、空は男性名詞(Himmel/οὐρανός)で、大地は女性名詞(Erde/γαῖα)である、ということだけ補足しておく。

アイヒェンドルフの詩は1837年、シューマンの歌曲は1840年。文学史上のロマン主義の中ではかなり遅い部類になる。音楽史上のロマン主義はまだまだ最盛期の頃だ。


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