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離乳食スプーンに表彰状を

ベビーピンク色をした離乳食用スプーン。
これは、私が使っていた・・・、いや、母が私のために使っていたものだ。
ということは、一体何歳なんだろう?
もはや、このスプーンの出自はわからない。
持ち手の裏に、薄く◯に囲まれたリスの小さなレリーフがある。

そして、なんと、このスプーンは、私の子どもたちにも使った。
表彰状をあげたいくらいの大活躍である。
よく働いてくれて、まだ、使える頑丈さが魅力だ。

初めての離乳食は面白く(もちろん、育児は大変なのが前提)、私にとってはすべてが実験だった。
シリコン他、あらゆる形のスプーンを使ってみた。
器の端まで綺麗にすくいとれるような弾力性のあるスプーンや、持ちやすさを考えたもの、お祝いにいただいたシルバーのスプーン・・・。

ところが、このトカゲの頭のような形をしたスプーンが、一番食べさせやすい。
横から見た高さも、幅も、先のとがり具合も、計算されているとしか思えない。
(偶然かもしれないけれど・・・。今となっては、わからない。)

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あらかじめ、小さなすり鉢で野菜やお粥をすりつぶし、器によそって冷ましてから食べさせるには、この大きさと角度、口に入る部分の小ささがちょうどいい。

ペースト状になった野菜は、自然で綺麗な色をしている。

「これは、に・ん・じ・ん。きれいでしょ。橙色よ。」
「これは、か・ぼ・ちゃ。黄色いところ。緑のところ。」
などと言いながら、ゆっくり、ゆっくり。

パレットから筆で絵の具をすくうように、鮮やかな野菜の色を少しずつとって、口に運んだ。

お粥にしらすをすりつぶして合わせると、所々が銀色に近い白で、これも綺麗な色だなあ、と思いながら小さな口に運ぶ。

このスプーンは先が細いので、面相筆のごとく細かい作業が出来る。
ちょこん、とお粥の白に何か別の色をのせて口に運ぶ。

これが、いつものごはんセットだった。

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唐子の柄の、小さい小さい茶碗がちょうどよかった。

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よく見ると、こんな楽しい唐子の図柄の印判染茶碗。
どこかの蚤の市で、見つけたものだ。
直径8.5センチ、高さも3.5センチしかなくて、片手で手のひらに包めてしまう。
赤ちゃんが食べる容量にはちょうどいい大きさだ。

しかし、茶碗の元気な唐子たちは脇役にしか過ぎない。
スプーンの働きが素晴らしかった。

このスプーンは、衝撃を与えられたら割れてしまいそうに華奢な姿なのに、とても頑丈である。

着替えや、オムツ、おやつに 、飲み物に、おもちゃに・・・そして離乳食。
よくまあ、こんなに持ち物が!
と言いたくなるほど、たくさんのアイテムが入ったバッグ。
しかし、全部必要なもの。
何かを出し入れするうちに、食事セットからスプーンが抜け出てしまおうものなら大変だ。
この華奢な体のスプーンに、全面的に信頼をおいて、頼りきっていた。

「どこに行ったの?ピンクのスプーン!」

スプーンなので、名前はない。
通称ピンクのスプーン。

誰も使っていない今も、彼女の特等席は用意されている。
名誉スプーンなのだ。


このスプーンのように小さくて、毎日使っていたものこそが宝物だ。
どこにでもありそうで、ない。
そして、高価ではない日常品であるがゆえに、余計に大切に思える。


もしも、このスプーンが、赤ちゃんの頃の素敵な出来事を全部記憶しているとしたら・・・。

「私は、この仕事が長いんですよ。あの時、あなたは・・・。」

なんて、トカゲの頭を上にして立ち上がって、語り出しそうな風情なのだ。
映画に出てくる、厳し目のナニーを想像させる。

歯が生えてきたこと。
初めて、立った日のこと。
初めて、歩いた日のこと。
初めて、ママと言えた日のこと。

しかも、2代にもわたって。
これは、もう、表彰状をあげたいくらいだ。

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よく見ると、美しい姿をしている。
ツン!とした女性的な感じもあって、形も好みなのだ。
なにを今更・・・とスプーンに叱られそうだけれど。



第2回THE_COOL_NOTER賞・育児部門に参加させていただきます。


書くこと、描くことを続けていきたいと思います。