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イザラ・ヴェルト 色遊び

イザラ・ヴェルトという、雪割草のリキュールを、初めて知った。

行きつけのシャンゼリゼのカフェで、イザラ・ヴェルトに出会う。アルプスの雪の下に咲く雪割草から作るリキュールで、ヴェルト(緑)と、ジョーヌ(黄色)の二種類あるという。年老いたガルソンの妙になめらかな説明に半信半疑ながらも、雪の下に咲く白い花を空想して、イザラ・ヴェルトを注文。エメラルド・グリーンの液体が、小さくて厚ぼったいリキュール・グラスの中でとろり光る。

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という文章が、秦早穂子さんの本に出てくる。
秦早穂子さんの『おしゃれの平手打ち』は長年の愛読書であるが、その後に出されたのが、『影の部分』という本である。


その本の中に、「イザラ・ヴェルト」という章が出てくる。
シャルトゥルーズに似た甘い薬草系で、口に合わないが、深い緑の色に魅かれて、食後酒として楽しんでいた、とこのリキュールについて書かれている。


Izarra(イザラ)とは、バスク語で「星」の意味があるという。
スペインとの国境に接するフランス側のバスク地方のリキュール。
(バスク人が話すバスク語は、日本語のように世界の中で類似した言語がない、孤立した言語だそうだ。)
バスクからは、ピカソの「ゲルニカ」が思い出される。

イザラは、1904年に、植物学者ジョセフ・グラトーが作ったのが始まりだそうで、やはり、シャルトリューズ修道院のリキュールChartreuseのようなものだと書かれている。

アーネスト・ヘミングウェイの初期の作品『日はまた昇る(1926年)』の中にも登場する、ヘミングウェイのお気に入りの飲み物でもあったようだ。




話は、ロワイヤル通りの角にあるルネ・ラリックの本店で、色とりどりの指輪を発見する出来事に続く。

硝子の靴ではなくて、指輪なのが洒落ている。ガラスを作る過程で、火のいたずらからか、指輪の発想が生まれたのだろうか。芸術的感覚と職人気質が、ある時、ふと、こんな遊び心を生み出したのかもしれない。丸い形の指輪がザクザク無造作に籠に入れられて、通りで売られている。この商品は現在、復活しているが、硝子の焼きが悪いのか、薄手で壊れやすく、値段も当時の十倍以上はする。高級品になった分、楽しさにも欠ける。当時は色も豊富で、緑、青、薄い青、紫、透明な無色と様々。本物の宝石志向に横向いて、モダンでちょっといたずらっぽい感覚である。
二、三の指輪を買ったが、お気に入りは緑の色であった。
この指輪のお供がイザラ・ヴェルトであったのか、イザラ・ヴェルトの連れにラリックの指輪がなったのか、今や判然としないが、ふたつは、ある時間をかけて、偶然出そろい、ささやかな夜の喜びが完成した。他愛ない遊びである。いや、もうひとつ。大切な条件があった。場所は夜の大通り、私にとっての仕事の中心地、シャンゼリゼでなければならなかった。信号機の見えるカフェに座って、緑色の信号が点滅する時、指輪とイザラ・ヴェルトも連動して、三つの点が夜の中で揺らぐという寸法だ。そんな馬鹿げた色遊びは、誰にも打ち明けはしない。まわりは本物の宝石しか信じないような人たちばかりだった。


私は一時期、ラリックの香水瓶に魅了されていたことがある。
東京庭園美術館が好きで、美術展で図録を手に入れて眺めていた。
アール・デコ様式の旧浅香宮邸。
正面玄関のガラスレリーフ扉の翼を広げる女性像も、ガラス工芸家ルネ・ラリックの作品だ。

ラリックのカボションリングだとすると、1931年にデザインされて以来、80年以上にわたり世界中を魅了している指輪だ。
色も豊富である。
その中の、緑の指輪。


ラリックの緑の硝子の指輪が、イザラ・ヴェルトの緑色、そして、点滅する信号機の緑色と重なる。
夜の中で揺らぐ、光る緑色・・・。
美しい色遊び。

私がこだわっていたのは、色とその分量にある。黒い夜という枠のなかでエメラルド・グリーンという危険な信号は、どのくらい置けるのか。下手をすれば、俗悪になりかねない。そのきわきわは、どの辺にあるだろう。ほんの少し置くことで、どんな効果を生じるのか。そんな試みである。緑を危険な色ではなく、積極的な色と考えるならば、私の心に緑は存在しているのだろうか。映画買い付けの職業にとって、緑はいい作品を意味するのか。それとも興業的に当たる映画を暗示しているのか。

そして、映画買い付けの複雑な裏側に話が続いていく。
その例え話としての、黒い夜という枠のなかの緑色。

そして、アラン・ドロンのインタビューの話に、また、緑が続く。

日千両に賭けて走り出したアラン・ドロンの目の色は、しかし、緑ではなく、薄いブルーであった。ようやく手に入れた映画の題名は『太陽がいっぱい』と言い切った。

文章への色の挟み方が、綺麗だなと思う。
しかし、甘い内容ではなく、仕事というものへの強い意志が書かれている。


この本の発行元は、株式会社リトルモアとなっている。
装丁が、目を惹く本である。

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