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わたしの庭〈猫め!〉

わたしの庭には、いろいろな猫が遊びにくる。
最近くるようになったのは、胸のところだけが白い黒猫だ。ふさふさのしっぼにくりっとした茶色い目。飼い猫なのだろう、赤い首輪がよく似合う。花壇を掘り返してうんちをしたり、玄関の前にねそべったり、わたしの庭を自分の縄張りにしてしまったらしい。人がそばによっても逃げないのは、チヤホヤされるのになれているからだろう。かわいいくせに意地悪で、ほかの猫が来ると、背中を山なりにして、フーッと威嚇して追い払ってしまう。

「あの子は、自分がかわいいことを知っているね」「かわいいけど、あざとい感じがするな」
秋分の日の朝、猫にカメラを向けていた息子と、そんな会話をした。
事件は、その日におきた。

わたしは、庭に洗濯物を干していた。
猫は、少し離れた草むらで、くつろいでいる様子だった。
頭上に、茶色い羽の蝶が、ひらひら飛んでくると、猫は、パッと跳ね起き、ピョンと跳びあがって、両前足でバシッと蝶を挟んだ。つぎの瞬間には獲物を口に入れて、ムシャムシャ食べていた。
猫の背後には、ネズミモチの木があり、その根元には、咲きかけの彼岸花の花茎が二本のびていた。

彼岸花は種を作らない。野生の花だ。球根を植えた覚えもないのに、どこからかやってきて、花壇でもない堅い土にもぐりこんで、芽を出した。今年で五年目ぐらいになるのだが、花茎はいつも一本だけで二本も出たのは、今年が初めてだった。ぐんぐん伸びる花茎を観察するのが、この一週間のわたしの楽しみだった。
花茎の先のつぼみが五つに分かれ、そのうち三つが、咲いたところだった。

彼岸花の無惨な姿を発見したのは、猫の華麗な狩りを見た数時間後だった。
わたしの大事な彼岸花が、何者かに折られてしまったのだ。二本とも。一本は根本から、もう一本は、花の下数センチのところから。

まともな塀などない庭だが、わざわざ人が入ってきて、彼岸花だけをねらうとは思えない。
猫だ、猫にちがいない。やつには、狩猟本能がある。わたしの大事な彼岸花のすぐそばに、蝶かバッタでもいて、それをねらったにちがいない。パッ、ピョン、パシッ、パクッ。
わたしは、さっき見たばかりの猫のハンターぶりを思い描いた。猫が跳びあがり、とびおりたところに、彼岸花があったのだ、きっと。
わたしの大事な彼岸花を。猫め、ゆるさんぞ。
庭を見渡すと、猫の姿は消え失せていた。

明くる日も、その明くる日も、猫は、わたしの庭にやってきた。草むらでくつろぎ、日陰の砂利の上で昼寝をする。
図々しいたら、ありゃしない。

ところで、ポッキリ折られた彼岸花。根本から完全に切り離されてしまったのに、地面にぺったり倒れたまま、二日たっても、あざやかに赤い花を咲かせている。まだつぼみだった花も、折られてから開いた。
おそるべし。野性の力。


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