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見抜かれてます

イタリア人は人間観察が鋭いと言ったことがあるけど
ほんとうに、見抜いてることが多いよ。

よくイタリアでイタリア人男性がナンパしてくる話があるじゃない。
あれもイタリアで生活してるうちに、別の感想を持つようになった。

彼らは実は、その女性が心の奥底でそれを望んでいるのを見抜いてて、
だから声かけてるんじゃないかと。

きっと素敵な女性だなと思っているのは間違いなくて、
お話したいのも本当なんだけど

それだけじゃなく

女性のほうも心のどこかでそれを望んでいるってことがわかるから
最初から成功率の高い人に話しかけてる。

たぶん最初にその女性を目にしたとき、
視線に気づいて自分を見返した瞬間にその女性の目の中に現れた感情、
微かに変化する表情や小さな反応、
他にも
歩き方やしぐさ、動きや雰囲気…
(時間を持て余していそうなとか)

もしかしたら本人さえ気づいていない、
そういったものの全てを
見逃さない。

その女性が言葉で拒んでみせたところで、
イタリア人の観察眼は鋭いから
どこまで本気でそう言ってるのかも、最初からたぶん分かってる。

だからそうした方が効果的だと踏んだら、
言葉や態度で「押したり引いたり」もする。

女性の国籍問わず、本気でナンパにキレてる女の人、見たことも聞いたこともないもの。

むしろ皆楽しそうに、その時の男性とのやりとりを話す。

怒らせないんだよね、イタリア男のナンパは。

「程度」をわきまえてるんだろうな、
その女性が望んでいる口説きの度合いや方法、
そして引き際も。

間違っても、
断られたからって一転して、その女性に直接悪口言うような、
間抜けで格好悪いマネなんてしない。

「そう、じゃまた今度ね。良い散歩を続けて」
とか
「良い一日を」とか言って、
笑顔で手を振って別れる。

私が思うに、あれは彼らにとって単に
『コミュニケーション』のひとつで、
『恋人探し』ではない。

だって、考えてみてください。

往来の真ん中なんて色気のないところで、
イタリア男性が、本気で女性を口説くと思う?
いちおう彼らはロマンティックな人たちと言われてるんでしょう?

彼らが声をかけるのは、
魅力的だと思った女性との、
ちょっとした『言葉のやりとり』
『交流』を楽しむための、気楽なものだよ。

イタリア男性が
ほんとうにオスの匂いをはなちながら、そういう空気を作り出そうとするのは
それなりに何段階か踏んだあとの、
いちばん最後の、
二人だけになったインティマ(intima ごく内部の、親密) なシチュエーションでだけだと思う。

だからもし道で彼らに話しかけられても、
そんなに慌てて逃げなくても大丈夫(笑)。

普通に、言葉のやりとり、コミュニケーションを楽しんでみたら良いと思う。

但し
大人として、女性として、
常識的な警戒心は忘れずに。

自分の判断力を信頼できないなら、むしろ慌てて逃げて正解かと。

ちなみにイタリア人は、
大人の女性はプライド高くてそんなことしない(人の方が多い)けど、
若い女の子だと、自分から男の子をナンパしたりもしてるみたい。
ナンパというか、気軽に話しかけるというか。

大人の女性も、その男性の前では気取ってるんだけど
女友達だけのところでは、
「あの人超ステキー!!!ああ~もっと話したかったわ!ねぇっ、今度またいつ会えるかしら⁈」
なんて言ってはしゃいでたりするし、
気取ったりせず、
すぐに素直に恋に落ちる人もいる。

更にちなみに
日本人の男の子や男性に対して
イタリア人の女の子や女性がそう言って、盛り上がってる時もあるよ。

日本人男性に使われる言葉は
カリーノ(carino かわいい) が多いけど
ベッロ(bello 美しい、ハンサム) も言われてる。
(女性は語尾がaに変化。カリーナ、ベッラ)

*ここで一言:
2011年に帰国するまでイケメンという日本語を知らなかったし、知ってから何年経っても、この言葉には馴染めません。よって、古語だろうが私はハンサムを使わせていただきます。
というか…
イケメンって最初は、変な髪型で、お化粧してキレイに見せてる感じの、いわゆるホスト系の男性たちを指す言葉かと思ってた。
まさか眉目秀麗びもくしゅうれいな男性すべてを指す一般名詞に成り代わっていたとは知らなかった…
お願いだから言葉のデノミやめて… (T-T)


話を戻します☆

彼らの観察は、
表情、言葉、小さなしぐさや、一瞬の目線にも及んでいるっぽいのと同時に、
自分に向けられる視線にも、ものすごく敏感。

街なかなどで、少し遠くの店のほうとか、
あれ何だろ?と何かに気をとられて目を向けたりすると
その対象物と私の目線の同一線上にたまたま入っていた人が、
すぐにぱっと目を上げて、私のことを見たりする。

私がその対象物に目を向けてから、だいたいいつも3秒以内に顔を上げる人が多い。

あれは凄いと思う。

きっと彼らは、いついかなる時でも出会いのチャンスを逃さないだろうし、
もしかして余計な出会いも産んでいるのでは、と思われる…

(こういう時ね、日本人らしく「あ、どうも…」的に会釈えしゃくしてしまったり、
お愛想のつもりでこちらもその人に、ニコッと笑顔を向けたりしたら
「あの女性に、男として応えねばならぬ」
という気持ちにさせてしまうみたいなので、
その気がないなら
『飽くまで無表情』、がんばってね)

鋭い観察眼は、異性間だけに発揮されるわけじゃない。

プライベートな情報は何も話さないで、イタリア人の女友達と日本人の女友達を引き合わせても、
しばらくするとイタリア人たちは

「ねぇあの日本人の子、こんな子でしょ」
などと、驚くほど正確に人物像を言い当てたりする。

どうしてわかるの? と聞くと
見てりゃわかるよ と
どこをどう見ているのか謎なんだけど、そう答える。

歴史的にさまざまな外国人たちと交わり、
戦ってきた長い経験があるからこそ磨かれてきた観察眼であり、洞察力なんだろうな。

他のヨーロッパ人たちもイタリア人と同じように、観察眼は鋭いんだろうか?

『外交を学ぶならヨーロッパ』だと、昔は言われていたしね。(今も?)

島国ニッポンには戦国時代から維新まで、
いちおう小国に分かれていた時代や、
外交戦を戦う時代もあったけど

ベースとなる部分ではほぼ単一民族・単一文化で暮らしてきたから、
現代の地政学上、そのへんは出遅れる運命…

こういうのって、アタマの勉強とか、研究で追いつけるもんなのかな?

無理だろうなぁ…

人間対人間の経験値って、
研究・分析もさることながら、
やっぱり生身なまみでじっさいの経験を積むこと以上に深く学べる方法はないし、
得られる知見が、机上の空論じゃなく"実際のものpractical"であるということも、かなり重要だよね。

グローバル化と言われて久しい昨今さっこん
コロナ後ポストコロナに今後ますます人の流動化が進むであろう国際情勢や、
それに伴う事象として
日常生活で多国籍・多文化が混在する状況が増えるであろう国内事情においては

特に次世代を担う若い人たちもたくさん
海外で修行して来るなど、
異文化の人たちとの対応法や対処法を体得してきてくれないと

私は真面目に日本の将来が心配なのですが…



⭐️イタリアでは冒頭の写真みたいに
少し距離のある場所で壁に寄りかかってたり、
道の反対側などで、
いつの間にかじっと観察されてたりします。

たいていは悪気わるぎ無し。
困っていたらすぐに助けに来てくれたりする。
でも中には、
荷物への注意が散漫だな、きっと盗んでも気付かないぞ、
等と思いながらタイミングを見てる可能性もあるから、可能な限り気を抜かないよう気をつけて。
(あなたを見てるのはイタリア人以外の人の場合もあります)


書いたものに対するみなさまからの評価として、謹んで拝受致します。 わりと真面目に日々の食事とワイン代・・・ 美味しいワイン、どうもありがとうございます♡