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ガンが教えてくれた家族の大切さ

手術後に告げられた、卵巣がんと子宮卵巣全摘出 の告知。
人生のどん底にいる私に、看護師さんから「これから、抗がん剤治療が始まって大変になるけど、一緒に頑張りましょうね」って。
体も心もズタボロの私に、もっと大変なことが待ってるなんて... 

あーあ。
周りの家族や友達みんなが、恋愛して、結婚して、出産して、子育てをするっていう当たり前にやっていること。私も同じようにするんだろうなぁって思って疑わなかった事が、私には一日にして不可能になった。

大切に育ててくれた両親。花嫁姿も孫を抱かせてあげることもできなくなった。

もしも好きな人ができても、その人の子供も産めないし、大切な人のご両親に孫の顔を見せてあげることもできないなんて、人を好きにならない方が傷つかないですむ。

これから先、恋愛、結婚もしないなぁ。
抗がん剤治療始まったら、髪の毛無くなって、仕事復帰できないなぁ。
収入なくなって、これからどうやって生きていこう…
なんて、家族や友人の前では泣けず、毎日一人になってから病院のベッドの上で泣いていた。

前日まで仕事をして、普通の生活をしていたのに、手術後、ベッドから一人で起き上がることさえできなくなっていた。支えてもらいながら、一歩足を踏み出すと、崩れ落ちてしまった。
当たり前にできていた日常生活が一変、
一人で何もできない体になってしまった...
少しずつ、つかまりながら歩けるようになったかと思えば、肺炎になり車イス生活に逆戻り。
洗面所で顔を洗うことがこんなに大変なんて、両手で顔を洗えるようになるには、随分とかかった。
食べることが大好きだったのに、食べたいという欲求が全くなくなり、体重が落ちていった。

それでも、日に日に体も心も元気を取り戻していった。

助けられたのは、家族の存在。
自宅から病院までは、高速を使って1時間かかるが、母は毎日お見舞いに来てくれた。
弟も仕事帰りに毎日来てくれ、リハビリにもついて来るほど、ずっと側にいてくれた。

病気になって、弱い立場になって感じたこと。
それは、周りの家族、友人、職場の仲間の優しさ。
本当に感謝してもしきれないほど、助けてもらった。
今は、一度無くしかけた命。もう一度いただいた命だと思っている。人より短い命かもしれない。
だから、会いたいと思った人には会いに行こう。
いつかやりたいと思っていたことは、やっておこう。
絶望感しかなかったが、少しずつ前を向けるようになっていった。

2週間で退院の予定が、1ヶ月半くらいとなり、術後の説明には家族全員来てくれた。
ステージⅢで、自分の体の中からこんなにたくさんの臓器がなくなったんだ…と改めて実感した。
抗がん剤治療はしなくても大丈夫と言われ、安心して家族を見ると、必死にノートにメモを取っている弟の姿。学生時代に勉強している姿なんて見たこともなかったのに、こんなに心配してくれていたんだなぁと。私よりも家族が喜んで涙していた。
心配かけてしまって、ごめんなさい...
本当にありがとう。

数ヶ月経って父が話した言葉が忘れられない。
luruの子宮と卵巣を摘出する最終判断をしたのはお父さん。今でも、その判断でよかったのか考えてしまう。今回の手術をやめにして、本人が子供を産めなくなることを納得してから手術をしてほしいと話したが、子供と命とどちらが大切ですか?とあの一瞬で判断を迫られ、命より大切な物はないと思って、手術をお願いした。ごめんね…と。
その決断で、感謝してるよ。命を救ってくれて、ありがとう。
親にこんな酷な選択をさせてしまった...

弟、ありがとう。
毎日のお見舞いって、なかなかできることじゃないよ。私だったらできたかなぁ。
抗がん剤治療しなくてよかった時に誰よりも安心してる姿にちょっぴりビックリしてたんだよ。
でもね、親戚のおじさんから聞いたよ。家に来て、あんなに大きな体を震わせて、泣きながら、自分は何もしてあげられない、何ができるんだろうって。
世界中で一番幸せになってほしいって、心から思ってるよ。

お母さん。
誰よりも心配をかけてしまった。
きっと、私よりも涙を流しているんじゃないかな。
自分のことよりも、私のことを一番に考えてくれる母。
子供が大好きなのに、きっと私の子供がいたら、一番可愛がってくれたんだろうなぁ。
ありがとうとごめんねという言葉じゃ足りない…

あなたにとって一番大切な物は何ですか?と聞かれたら、迷うことなく「家族」と答える。
病気が改めて教えてくれた、家族の大切さ。

次回は、がんになって、ツラいこともあるけど、HAPPYなこともたくさんあるよっていうお話し。

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