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【小説】日本の仔:第17話

 ロケットはそのまま雲を突き抜けて蒼空へと上がって行った。

「固体燃料ブースター燃焼終了、切り離し正常に終了。一号機と四号機の衛星フェアリングの分離を確認。第一段主エンジン、6基同時に点火を確認。間もなく高度100kmに達します」
 管制室の大きなモニターに2×6の12機の固体燃料ブースターが切り離され地球に向かって落ちていく映像が映る。
 よし、山は越えた。
 そのまま高度200kmの静止トランスファ軌道まで上がってくれ。
「第一段エンジン燃焼を終了。第二段エンジン第一回燃焼を開始しました」

 静止軌道である高度36,000kmには、いきなり上げるわけではなく、ロケットによって静止軌道へ向かうための静止トランスファ軌道という楕円軌道に投入され、そこからは惰性で静止軌道へ向かうことになる。
「第二段エンジン第一回燃焼を終了。約10分後に第二回燃焼を行います」
 この二回目の燃焼によって静止トランスファ軌道への投入が行われる。
 さすがに宇宙空間で秒速10km近いスピードでは敵も手を出せまい。

「第二段エンジン第二回燃焼を開始します」
 この燃焼が終わると全てのエンジンを切り離し、宇宙エレベータ軌道の塊と一号機と四号機に搭載されていた展開用および静止軌道投入用の機器だけで静止軌道に向かう。
「第二段エンジン第二回燃焼を終了。軌道速度確認。問題ありません。第二段エンジンを切り離します」
 よし、後は約6時間後、静止軌道面に到達した時点で再加速をして静止軌道に投入するだけだ。

 そう言えば敵の最後の攻撃はどうやってしのいだんだろう。
「敵の陽電子砲は空中に配備されてたんだけど、いつ撃ってくるかが分からなかったんだよね。俺っちだったらどうするか考えてみたら、スピードが遅い打ち上げ直後、射線が取れたらすぐに撃つだろうと思って電子砲で弾幕を張ったの。その内の何発かが敵の陽電子と当たって対消滅したって訳。ま、敵の攻撃もあまり強力じゃなかったんで助かったよ」
 と徳永氏。
 結構ギリギリの迎撃だったんですね...

【Julia Kir】(米対日特務機関CJP司令)
「まさか陽電子砲の攻撃を止められるとはね」
 中国の攻撃はしのがれると予想していたが、我々のハッキングや陽電子砲までしのぐとは、さすが天才科学者徳永だな。
 ハッキングに使用した量子コンピュータにせよ、陽電子砲にせよ我が国の超機密兵器であったのにあっさり対抗するとは。
 まあいい、第一ラウンドはこちらの完敗だが、彼女が育てばチャンスはいくらでもある。

【清水坂 孝】(宇宙エレベータ軌道打ち上げ10日前)
 いよいよ宇宙エレベータ軌道となるカーボンナノチューブの打ち上げまで10日となった日、ちょっと相談があると呼び出された徳永の部屋に、何やら4枚のプロペラの付いた、見るからにドローン然とした機械が置かれていた。
 大きさは人が乗れるくらい大きく、何やら機材が色々積まれている。

「何だこれは」
「ドローンだよ」
「それは見れば分かる。何に使うつもりなんだ」
「とりあえず、ロケット打ち上げの防衛に使おうかと思ってる」
 ロケットの防衛なら既に陸海空自衛隊がほぼ全力で事に当たってるはずだが。
「このドローンは自衛隊よりも強いのか?」
「ま、時と場合によってだけどね。動力は例の常温核融合炉の電力だけど、空気中の水分を自動的に取り込んで発電するようにしたから、ずーっと飛んでいられるし。例の光学迷彩を使うからまず見つからない。ちなみにレーダー波もスルーするから究極のステルスだす」
「そうか。あの光学迷彩、電磁波は何でも透過するのか。しかしコントロールはどうするんだ?電波で通信するんじゃないのか?」
「よくぞ聞いてくれました!基本的には自律的に動くけど、確かにステルスモードになると電波では全く通信できなくなるから、新しい通信方法を考えてみたんだー。名付けて量子スピン通信!」
「まさか、量子のもつれを利用したEPR通信か!そんなものまで実用化しているのか!」
「お!さすがたかちゃん物知りだねぇ」

 量子もつれを施した2つの光子は、離れていても測定した瞬間の片方のスピンの状態はもう片方のスピン状態と関連を持つと言われている。即ち、両者の間にどれだけ距離があっても、情報が時空を超えて瞬時に伝わるということだ。
 アインシュタインが考えた特殊相対性理論によれば、光より速いものはなく、情報や物体が離れたところに伝わったり、移動したりするには必ず時間が掛かることになっている。しかし、この量子スピンの情報はどれだけ離れていても、間に何があっても時差なく届くことになる。正に時空を超えるのだ。

「そんなことが、本当に...」
「宇宙のどこにいても通信が可能なんで、超便利でしょ?」
 宇宙のどこでもって...
 とりあえず地球の裏側でも衛星なんかを使わなくても通信できるってことか。
 それだけでもとんでもない発明だ。
 電波も電線も暗号化も要らない通信技術は商用的にも政治、軍事的にも極めて有用だ。

「それと、高出力レーザーを積んである。融合炉から直接ガンマ線を取り出してガンマ線レーザーとしても発射できるよ」
 ゲ、こんなものを秘密裏に各国に送り込まれたら大変なことになるぞ。

「それから、AIコンシェルジュの最新版、時子を電算研の量子コンピュータに載せてあって、このスマホ的EPR通話機で支援してもらえるようにしたから」
 いつの間に徳永は日本の最新装備を個人的に使えるようになってたんだ?

「だってこれらの装備を一番有効に使えるのって俺っちでしょ?」
 確かに他の人間には手に余る装備だが、徳永を信じ切って大丈夫なのか?下手をすると国際問題に繋がる事態を引き起こせる装備内容だぞ。

「ちなみに研究中の荷電粒子砲も種子島にステルスモードで配備することになってるから」
 自衛隊の防衛は全く当てにしてないということか。
「他国はそこまでしてロケット打ち上げを阻止して来ると?」
「今日本が一人勝ちになってるじゃない?そろそろ各国の堪忍袋の緒が切れる頃合いだと思うよ。そうはさせないけどねー。打ち上げ当日はこっそり現場に入るんで、そこんとこよろしくー」

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