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【小説】日本の仔:第15話

【三ケ島 成人】(宇宙エレベータ軌道打ち上げ責任者)
 その頃種子島宇宙センターでは、全てのH3ロケットへの燃料導入が済み、打ち上げへの最終確認が行われていた。

 H3ロケット6基からなる宇宙エレベータ軌道の打ち上げは、当然世界初の試みであり、6基のロケットを制御して静止衛星軌道まで上げるのには、予想以上に難しい制御が必要だった。
 1基でも推力バランスを崩せばたちまち墜落、カーボンナノチューブの塊がどのように動いてもバランスを保つようにAIによるフィードフォワード、フィードバックを複雑に絡めた制御をするようになっている。

 保険として、各ロケットのエンジンは3つのロケットモーターからなっていて、通常はその内の2つだけを燃焼させて打ち上げを行うものの、万が一異常が発生した場合はもう一つのモーターがバックアップを行い、更にバックアップモーターにも異常があった場合はその他のロケットがバランスを保つように補完をするようになっている。

 何せこの打ち上げが成功すれば、ロケット自体がお払い箱になってしまうのであればこその大盤振る舞いだ。
 史上最高に贅沢な構成のロケットと言える。

「離床までの最終チェック、残り153項目、約25分で完了予定。今のところ問題はありません」
 打ち上げ担当官から報告が告げられる。
 うー、胃が痛い。
 自衛隊が何とか中国の攻撃を防いでくれたとの報告を受けたが、最後の攻撃は核攻撃であった可能性があるそうな。
 そこまでするか?
 とっとと打ち上げて安全な場所に避難したいよー。
「了解しました。打ち上げシーケンスの最終確認をお願いします」
 心とは裏腹に冷静な言葉が出てくる...
 この後何もなければ40分後には打ち上げが済むはずだ。

「三ケ島さん。陸上自衛隊のヘリが発射場内への着陸許可を求めています」
 自衛隊との連絡担当者から妙な確認が入った。
 こんな時に何の用だ?
「自衛隊に目的を確認してください」
「打ち上げ成功のためだと言っています」
 は?
 自衛隊が発射場内でできることなどないはずだが。
 まあ、断る理由もないが。
「了解しました。着陸許可の連絡をしてください」
 ヘリには徳永と陸上自衛隊の通信士官が乗っていた。

「到着したヘリから打ち上げ責任者と話がしたいとの連絡が入っています」
「分かりました。101応接室に通してください」
 一体何なんだ。打ち上げを妨害してるのは中国だけではないのか。
 さすがに次の手はなさそうだが。
 打ち上げシーケンスを副長に任せ、101応接室に向かった。
 管制室から3つのセキュリティゲートを通って、一番外層の一般エリアまで5分も掛かる。
 101応接室のドアを開けると中には自衛隊士官と高校生くらいの少年が待っていた。

「そろそろこっちが攻撃されるべし」
 開口一番、少年が意味不明の言葉を放った。
「君はだれ?」
「とーくーなーがーひでやすだす」
 ん?
 どこかで聞いたような...

「現状、驚異となる航空機、船舶、潜水艦の類いは探知されてないと聞いているが」
「攻撃は物理的なものとは限らないのよぉ」
「ハッキングを心配してるのかな?ここの管制システムは完全にスタンドアロンになっていて、物理的にも電波的にも遮断されているから、ハッキングは不可能だよ。なにせあの常温核融合炉を発明した徳永...え?!」
「そう。俺っちが設計したんだけどさ。一つだけ穴があったみたいなんだよね」
 目の前の少年があの徳永秀康氏だというのか!
 マジかー!
 俺ファンだったんだよなー。
 でも正体は秘密にされてたから当時高校生ってことくらいしか知らなかったし。
 ホントにいたんだ!スゲー!

「それで穴というのは?」
 心とは裏腹に冷静な言葉が出てくるー!
「管制室は物理的にも、電波的にも独立させた構造になってるんだけど、ロケットとは電気的に繋がってるのよね」

 管制室はセキュリティゲートごとに真空、電波吸収材、水によって隔離され、外部からの干渉や通信を受けなくなっている。
 ただし、ロケット側の制御系とは電気的には繋がっているのだ。でなければ打ち上げることができない。

「恐らくもうロケット側の制御システムはハッキングされちゃってんじゃないかな」
 いや、ロケット自体もスタンドアロンで、管制室と合わせて一つのシステムな訳で、ハッキングを受ける経路はないはずだが。
「なもんで管制システムをアップデートさせてもらうよ」
 待て待て、カウントダウン寸前でシステムをアップデートなんてできる訳がない!
「何を言ってるんですか。今からでは間に合いませんよ!」
「いや、こんなこともあろうかとEPR通信モジュールを仕込んであるからアップデートは一瞬で終わるよ。穴を作っておいたのは、実は罠」

 どういうこと?
「このまま打ち上げても、途中で落とされるってこと。知らないうちにね」
 俄には信じられないが、相手があの天才徳永秀康氏となるとあり得るかもしれない。
「分かりました。管制室までお越しください」
「お!話早いねー、誰かさんに見習わせたいくらいだ」

 そして、3人でまた3つのセキュリティゲートを通って管制室に向かった。
 管制室に着くや否や、徳永氏はスマホを取り出し、
「時子、管制システムのアップデートよろしく」
 と告げた。
「ここではスマホは通じませんよ」
 ここを設計したのであれば当然知ってるはずだが...
 すると、スマホから、
「管制システムのアップデート、0.25秒で完了しました」
 と返答があった。
 嘘でしょ...

 この中は電波吸収材と水によって電波暗室並に電波遮断されているはずなのに。
「あ、このスマホ改造してあって、EPR通信できるから」
 EPR通信て何だっけ?
 よく分からないが、あのスマホは電波以外の通信手段で外と繋がっているらしい。
「さて、これで攻撃準備ができたから、思う存分やっつけよー!」
「何をする気なんですか?!」
「ロケット側に仕掛けられた侵入経路から逆にウイルスを送り付けちゃうのだ」
「すると?」
「多分国レベルでシステムダウンが起きるから、仕掛けた国は大混乱すると思うよ。先進国であればあるほど影響が大きいはずだに」
 なんと!
 そんな恐ろしいコンピュータウイルスがあるのか?!
 確かに徳永秀康氏なら作りかねないな...

「ほな早速」
 またスマホに向かって、
「ロケット内のシステムチェック。異常箇所に徳徳トキシンを投入よろしく」
 と告げた。

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