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『とるにたらないもの』

また春が顔を見せている。少しこちらの様子を窺ったかと思えば数日姿を見せなくなったり、かと思えば気まぐれにまたやってくる。春というのは勝手だ。

私にとってこの春は人生を左右する大切な春と言っても良いだろう。将来の自分への投資なんだか知らないが、墓石のようなスーツを身にまとい、海苔のような前髪と、砂のような薄い顔で都会を歩いている。

個性をシャットダウンされた私はすっかりふてくされてしまって、《就活》という相手に対して、少し天の邪鬼な態度を取ってしまっているようだ。

私の性格上、みんなみたいに頑張ることは出来ないから、わたしはマイペースに乗り切ることにした。自分がやりたいように、気の向くままに。

とはいえ、こうやってどうにか自分を保っていないと不安に押しつぶされそうになるわけで、だから、これまで以上に自分のコアというものを見失わないようにしないとな、と思った。そうしないといつか、墓石の海に飲まれてしまいそうだ。

そんなこんなで、自分が好きなもの・感性について、もう一度見直そうとしていた時のことである。

私が敬愛する先輩から、とある本を貸して頂いた。

彼女は、私のアイデンティティをよく理解してくれている。同じ学校でもなく、会える頻度だって少ないのに、どうしてそんなに…と思うほどに私のことをブレなく捉えている。それはもう、防振双眼鏡のように。

そして彼女自身も、自分のアイデンティティを大切にしている女性だ。まるでそれが武器であるかのように、自分が好きなものに確固たる自信を持っていて、それらに囲まれて生きている姿はとても美しい。

そんな先輩が、
『これ、おすなが好きそうだから。』
と差し出してくれた本。

『とるにたらないもの』
(江國香織.集英社.2006)

とるにたらないけれど、欠かせないもの。気になるもの。愛おしいもの。忘れられないもの―。輪ゴム、レモンしぼり器、お風呂、子守歌、フレンチトースト、大笑い...etc.。そんな有形無形の身のまわりのもの60について、やわらかく、簡潔な言葉でつづられている。行間にひそむ想い、記憶。漂うユーモア。著者の日常と深層がほのみえる、たのしく、味わい深いエッセイ集。

なんてことはない、『とるにたらないもの』を述べる作者の、独自の着眼点と言葉選びに、言いようのないセンスを感じた。彼女のセンスは、私が愛してやまない「ユーミン」に通ずるものがある。

どうやら私は、何でもないものを、彩りあるものに変えてしまう力を持っている人が好きなようだ。

そして何より、この本に惹かれた要因は、作者が「こじらせている」ことだ。
物事をひねくれた視点で見ているーまるで私のように。ページをめくるごとに自分が書いているような錯覚陥って、どんどんと引き込まれていった。

やはり先輩は私のことをよくわかっているなぁ。
こんなの、好きにならないわけがない。

自分のコアをしっかり持っている女性はやはりかっこいい。
この作者のように、好きなものや自分の感性を大事に出来る人になりたい、そう思わされた。

私も、とるにたらないこと、書いてみようかな。

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