見出し画像

匂いで感じる幸せ。

雨が降って桜が散って、春が終わった。
窓辺に飾った一輪の花が風に揺れる。連日雨が続いて肌寒くなったかと思うと、すぐ気温が上がり空や木々は青々として、夏はすぐそこまで来ていた。

「なぁ、今年の夏はどうしようか」
「ん~、かき氷と冷やし中華と綿あめ、いやイチゴ飴は絶対かなぁ」
「ことごとく食べ物やなぁ」
「そりゃそうやんか。私は、食べ物で季節を感じるんやから!」
「へぇ、”季節を感じる”ねぇ、俺は匂いかなぁ」
「匂い?匂いって何よ!匂いで季節を感じんの?例えば?」
「んん~、、、例えば…と言われると難しいなぁ」
そう言いつつも、彼は いろんな匂いを教えてくれた。

不思議とちゃんと桜餅を思い出させる、桜の木のほんのり甘くて、温かい、春の優しい匂い。晴れ渡った大空と、ジリジリ焼けるアスファルトから照り返される、日差しの熱くて、鋭くて、カラッとした夏の爽やかな匂い。色とりどりの落ち葉が、カサカサ重なって、ふわっと風に乗る、香ばしいけどしっとりとした、秋の食欲をそそる匂い。冷えてカチコチになった鼻に、ツンと刺さる、冷たくて澄んだ冬のキラキラした匂い。

「確かに。言われてみれば、頭に季節の匂いが思い浮かぶわぁ」
「そうやろう。他にもなぁ、誰もが忘れかけてるけど誰もが知ってる懐かしい匂いって言うのもあるで」
「なになに!気になる教えて!」
またそれから彼は、思い出を振り返るように”誰もが忘れかけてるけど誰もが知ってる懐かしい匂い”について話してくれた。

「まずは、おばあちゃん宅のタンスの匂い」
「えー、ひとつ目がそれ?確かに懐かしいけど!でも、今でもたまーに遭うことあるわぁ」
「なんでよ!懐かしいやろ?それに”遭う”って表現はヘンやわ。」
「いいからいいから!他には?」
「じゃあ、ゆっくり思い浮かべながら、ちゃんと聞いてや?いくで?」
「うん!早く!」
「昔通ってた学校の、教室…、体育館…、図書室の匂い」
「うわあ、確かに今でも覚えてる!うまく説明は出来ひんけど今でも覚えてる!思い出した!知ってるわ!」
「そして、プールの授業の匂い!スクール水着のあの匂い!」
「わあ!嘘みたいに思い浮かぶわ!すごい!」
「そうやろう?不思議やろう?それから、給食の匂いに、綱引きの匂い!そして極めつけが、職員室の匂い!どう?わかる?」
「わああああ!そうやったそうやった!職員室の匂い!!あのコーヒーの匂い!」
「そうそう!大人になると”コーヒーの匂い”は”コーヒーの匂い”になってしまうけど、かつて”コーヒーの匂い”は、”職員室の匂い”でもあったんやで」

彼は、そうして自慢げに”誰もが忘れかけてるけど誰もが知ってる懐かしい匂い”について話してくれたのだった。

ひらりとカーテンが なびいた。カーテンの向こうに干した洗濯物から柔軟剤の香りが舞い、部屋いっぱいに広がる。それに負けじとキッチンからは、フレンチトーストの甘い香りと、コーヒーの香りがやってくる。

いい匂い。大好きな匂い。

「はい、コーヒーどうぞ」

「うん、いつもありがとう」

サポートしていただけますと 大変励みになります🔥 とても嬉しいです🥰 とても幸せです🥺✨ 宜しくお願いします🥺💖