バカやアホの話に百田尚樹

先日、大河ドラマ「光る君へ」に便乗するようなnoteを書いてしまった。喜んでくださる方が多かったようで嬉しい。けれども、もともと数人だったフォロワーが数十人になってしまい、少し動揺している。

このアカウントは大した記事を書くためのものじゃないので、ご期待には沿えない可能性が高いです。今のうちに謝っておく。

「光る君へ」の記事で、バカの語源はたぶん史記ではないという話をした。これについては読まれるべき本がある。ご存知の人も多いだろうけれど、松本修『全国アホ・バカ分布考:はるかなる言葉の旅路』という本。

初版から30年以上、新潮文庫に入ってからも息長く売れている。リンク先の「カーリル」というサイトで、図書館にあるかどうか調べられる。未読の人は読んでみるといいです。

この本、テレビ番組「探偵!ナイトスクープ」の企画から始まった一般書なのに、学術的にもちゃんと見るべき部分がある。それにしても「探偵!ナイトスクープ」といえば、松本人志の話のキモいことよ。

それはそれとして。今週、かなり久しぶりに『全国アホ・バカ分布考』を最初から最後まで読み直した。著者は当時の「探偵!ナイトスクープ」のプロデューサーなので、端々に番組スタッフの名前が出てくる。その中に百田尚樹の名前も入っていた。

前に読んだときは、どうでもいいと思って斜め読みしていたので覚えていなかった。30年前の百田尚樹の為人ひととなりはこんなもんだったのか、と妙に感心しながら読んでしまった。

 構成陣を率いるのは、会議中、無駄口むだぐちばかりたたいている百田尚樹である。彼は昭和五十一年から四年間、私がディレクターをしていた『ラブアタック!』の〝みじめアタッカー〟として、全国に知られる学生のスーパースターだった。その当時から抜群のアイデアマンだったが、就職もしないままブラブラ遊んでいたのを、そんなことではいけないと番組を手伝ってもらっているうちに、いつの間にかこの世界に入ってしまったのである。

松本修『全国アホ・バカ分布考』新潮文庫、30ページ

ここは百田のWikipediaの記事でも読めるが、続きの段落の方がいい。

 彼はまた見上げるべき趣味人で、最近はコイン手品に凝っている。会議中にも練習をめようとせず、失敗しては大きな音を立てさせてコインをあたりに散らばらせ、みんなの顰蹙ひんしゅくを買っていた。それでもディレクターが彼を重んじるのは、その鋭いアイデアのひらめきが千金に値するからである。

松本修『全国アホ・バカ分布考』新潮文庫、30ページ

この後も百田の名はちょくちょく出てくる。後年の『日本国紀』などの色々なゴタゴタは、起こるべくして起きたんだとよく分かる。

九〇年三月十六日の「総集編」収録の日、スタッフの打ち合わせの場に、初めての本格的な分布図である「民俗学大研究・全国アホ・バカ分布図」のパネルが運び込まれた。(略)「アンゴウ」であると情報の寄せられている岡山県が「ダボ」となっているなど、ズボラな百田君らしい誤りがいくつかあったが、いまさら手直しすることもできない。

松本修『全国アホ・バカ分布考』新潮文庫、43ページ
太字は引用者

 さらに同じ郷土愛から、分布図が間違っているから訂正せよ、と抗議する人々も少なくなかった。百田君の杜撰ずさんな分布図作りがかえって幸いしたもので、これは貴重な発見だった。つまり分布図を本当に正確に仕上げようとするばらば、該当地域の人々には申しわけないことだが、なるたけいい加減な地図を発表し続ければよいということになる。分布図作りは当分、百田君に任せておいた方がいいだろう

松本修『全国アホ・バカ分布考』新潮文庫、46ページ
太字は引用者

(略)柳田國男の方言周圏論にもとづくこの解釈を、私はさっそく二十五日の会議でスタッフに披露ひろうした。この結論に向けて、番組全体をまとめ上げていかなければならないと考えたからである。
 しかし私の説明は、スタッフの十分に納得するところとはならなかった。とくに、上岡局長(注:上岡龍太郎)の本番での直感による発言に触発されて、独自に古代王朝語残存説をぶち上げた百田君にとっては、とうてい承服できるものではなかった
(注:この後にぶち上げられる百田の見解は省略)

松本修『全国アホ・バカ分布考』新潮文庫、77ページ
太字は引用者

(略)私は全スタッフに読んでもらえるよう、すぐに会社内の書店に『日本の方言地図』を大量に注文した。
 のちになって判明したことだが、百田君をはじめ番組スタッフは、誰ひとりとしてこの本をまともに読んでくれなかった。私が常に頼りとし、誇りとしてきたこのディレクターと構成陣は、バカバカしいギャグを考えさせたら天下一品の強者つわものぞろいだったが、しち面倒くさい勉強は注射よりも大嫌だいきらい、という困った連中ばかりなのであった

松本修『全国アホ・バカ分布考』新潮文庫、79ページ
太字は引用者

とまあ、こんな調子でちょいちょい出てくる。引用の視点が意地悪いのは、あくまでもわたしのせいだ。本の著者は、端々に百田への親愛の情をにじませている。

「そんな話、面白がるのは、東北人だけとちゃいまっしゃろか? 松本さんのアホ・バカ研究にしても、喜んでくれるのは田舎者だけでっせ」
 百田君が指摘してくれることは、たしかにいちいち正しいのであった
 そう、肝腎かなめの「アホ」と「バカ」の正体について明らかにできないことには、私のアホ・バカ表現の調査も、けっしてこのまま完結させるわけにはいかない。

松本修『全国アホ・バカ分布考』新潮文庫、369ページ
太字は引用者

「ふうん。百田君は人や物をけなすのもうまいけど、褒めるのもなかなかのもんやなあ」
 私が感心すると、百田君はまた、勝ち誇ったように高笑いした。それを見ていて、私は百田君の本当の心が知りたくなった。

松本修『全国アホ・バカ分布考』新潮文庫、461ページ

本筋の内容もすごくおもしろい『全国アホ・バカ分布考』だけれど、こんな形でおもしろがれるとは思わなかった。

なお短歌に興味がある人へ。新潮文庫の『全国アホ・バカ分布考』は(解説:俵万智、岡部まり)です。手に取ってみてください。

明日あたりに「光る君へ」の記事を書く。(宣言)

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