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美しく生きることについて。

後になって振り返ってみても「あの時たしかに人生が変わった」と思えるようなことは誰にでもいくつかあると思うけど、僕にとってそれはあるロックバンドだった。

2008年7月2日、京都の小さいライブハウスで観た東京のロックバンドに、僕がこれまで片田舎で育んできた価値観はまるっきりひっくり返されてしまった。

「ひっくり返された」というよりも、「気づかされてしまった」という方が近いのかもしれない。

僕は心の奥深いところでずっとそれを求めていて、探していて、でもそれを言葉にもできず、表現もできず、気づくことすらもできていなかったのだ。

男性4人編成の彼らが他の大勢とまったく違っていたのは、彼らは男にもかかわらず、間違いなく「美しくあろうとしていた」ところだった。

それは女性性に近づいていくという意味でもなく、装飾や化粧によるものでもなく、ただ東京に住む一人の若者がTシャツとスキニージーンズと楽器で「美しくありたい」という姿勢を表現していた。

それは20歳前後に抱きがちなモヤモヤとした葛藤や自分のどうしようもない至らなさ、今の周囲の環境への不満。そういったものを打ち破るには自分の考える美しさをどこまで追求できるか、その姿勢を保ち続けるしかないということを教えてくれた。

彼らのようになりたくて、僕はきっといつか東京へ出ていくことをその時に決めたんだと思う。

「なにをもって美しいとするか」という定義は人によってちがう。

仕事に一生懸命取り組むこと、家族を守ること、異性を口説くこと、おしゃれをすること、作品を生み出すこと。

もしくは若さそのもの、逆に健やかに老いること、立ちのびる煙草の煙、恋人からのLINE、夢、人と人を結ぶ関係性。

美しさとはその人のもつ人格や価値観が素直に表現されているところに生まれるものだ。そして、その姿勢や自信、懸命さが人の心を打つ。

なにに美しさを見出すかは人それぞれちがうけれど、それらを全てまとめて「美しい」というひとつの言葉で表現できるのは、美しさというのが「いつか失われるものであり、儚いものである」という意識が誰の心の中にもあるからだと思う。

だからこそ、僕はあの日に観た演奏を「美しい」と感じることができたし、若く健康的な女性は皆すべからず「美しい」し、職人によって生み出された作品も「美しい」、とひとつの言葉で表現することができる。そして、それらは全ていつか失われてしまう。

「僕が観たのはこのバンドのこの曲だ」とYoutubeにアップされている曲を紹介することは簡単だけど、そこにあの日僕が感じた美しさを見出すことは絶対にできないし、その美しさはもう永遠に手に入らない。

美しさとは、そういう儚さをともなって生まれる感情だと思う。

美しさについて考えていると思い出すことに『美味しんぼ』の中の「女の華」という話がある。

父親の跡を継いで寿司屋を営む娘の夏子は、女性が寿司を握る珍しさとその手際の良さを褒めるお客に対して

「お客さん、男の寿司職人にもそんなこと言うんですか?あんたは女が寿司を握るのを馬鹿にしてるんだよ。だから取材にきたんだろ?俺っちは勝負を賭けているんだ。男の職人には絶対負けない!」

と、攻撃的な言葉を返し、店内は静まり返ってしまう。

しかし、そこにいた歌舞伎俳優・吉川清右衛門はそれを諭すように

「私は歌舞伎の女形です。男が女の姿になる不思議な世界ですが、私は本物の女の人より、女の魅力を表現する自信があります。でも、あなたは反対に女なのに、男の姿をしている。一体それは何のためなのですか…。」
あなたからは、男の醜さしか感じられない。荒々しくて、粗野で、攻撃的で、無神経。ですから店の雰囲気もとげとげしてしまうし、肝心のここのお寿司もとんがっています。人の心をいらいらさせてしまうお寿司なんてとてもお客を酔わせることのできるお寿司ではありません。

吉川清右衛門が伝えたかったのは、男と女、勝ちや負けなんかに執着するのではなく、本来の自分がもっている魅力を活かして、それを追求していくことだ。

何かに抵抗したり、敵対したり。そういうネガティブな感情を原動力にするのではなく、自分らしさと向き合って、自分が笑顔でいられる未来に向かってポジティブな原動力をもって進んでいくこと。

その過程にこそ自分にしかできない美しい生き方、姿勢があるように思うし、周囲の人はその姿に惹かれて応援したくなったり、手を貸したくなったりするんじゃないかと思う。

美しさとは他人と比べて得られるものではなく、自分を見つめることでしか生み出せない。そして、それが姿勢としてあらわれてはじめて他人はその姿を「美しい」と感じるのではないかと思う。

美しさとは性別や年齢によるものではなく、姿勢である。

この文章を読んでくださったあなたにとって「美しさ」とは一体なんでしょうか。

「美しく生きたい」と僕は思います。

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