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あの夏のハッピーエンド

あの夏、わたしたちはまだ、ただの仲のいい同僚だった。

わたしは叶いそうにもない恋をしていて
その子は通りすがりの清純派に明らかに弄ばれていた。
ただの同僚だったわたしたちは、そんな悲恋をときに嘆きときに笑い、
なぐさめあう、でも励まし合うでもない、
ただ自分の感情に酔いしれて
どうでもいい複雑な思いを抱えて持ちきれなくなると、その話を肴によく会社近くの居酒屋に飲みに行った。

携帯電話は常にテーブルの上。
常に電波を気にして、どちらともなくサーバーに問い合わせをする。
「なんも来てないよ!」
と笑う。
笑わないとさみしくてやってられない。

数ヶ月経っても、わたしたちの恋はなにも変化しなかった。
そしてわたしたちは、夜だけではなく土日も持て余し始める。
どちらから誘ったのか、きっかけはなんだったのかは覚えていないが
夏になる頃には、毎週ドライブに行くのが当たり前になった。


都内をカーナビなしで走るのがその子のこだわりで自慢だった。
当時、上京して3年ほどだったわたしにとって、どこへ行くかなど気にしたこともなく
ただ車窓を流れる東京の景色はどれもまぶしく見えた。

さらにまぶしかったのが、当時できたばかりの六本木ヒルズ。
ドライブの最後、あの界隈に行くのがルールのようになった。
時間はだいたい0時前。
終電も近いその時間にあの辺を歩く人の姿は少ない。
ミーハーだったわたしとその子は、あの付近の道を通るといつも
「あれ、反町隆史じゃない?」
「あの人、絶対モデルだよ」
と少し洗練された人を見ると勝手に似た芸能人の名前を挙げ
違うじゃん!と大笑いした。

本当に芸能人探そう!
と張り切って深夜1時に天現寺のカフェに行ってみたこともあったが
芸能人もぽい業界人もいなかった。
ひとしきり笑いながらあの辺を周ると
その子がカーステレオから流すのが
はっぴいえんどの"風をあつめて"だった。

それは、居酒屋で流れる蛍の光のようなもので
そろそろ帰るの合図。

はぁーきょうも楽しかったな
と心から思える、でも帰るとまた複雑な恋心がうずくわけで
さみしいような、苦しいような
まさに日曜の夜の虚無感の中で聴こえる"風をあつめて"
ムンとしつつ、少しの涼しさを連れてくる夏の夜とともに
六本木ヒルズの明るすぎる光とともに
あの歌が聴こえると思い出す夏の夜の話。


結果、秋になる頃にわたしたちは付き合う。
そして2週間後に別れる。
その後、叶いもしないと思っていた人から告白されてつきあう。
まあ、これまた別れるんだけど。

どれもそれもあの曲を聴きながら車窓の東京をながめていたわたしには想像もつかない未来だった。
もちろん今の20年後の未来も。


そんなことをきょうの関ジャムの松本隆特集を見て思ったのであった。


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