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感覚過敏と時間的な情報処理の過剰

トップの画像はNew Atlas時間知覚に関するページから。

感覚処理障害の質問紙に基づく評価・実験的な評価

 前回のnoteでも取り挙げたように(本文末にリンクを貼りましたのでご覧ください)、ASDを含む発達障害の感覚処理障害の評価に、感覚プロファイルという質問紙が世界的に広く用いられています。感覚プロファイルは、日常生活で多様な感覚刺激にさらされる状況を例に挙げ、それに対する反応のパターンについて、どの程度当てはまるかを回答します。その回答から、感覚過敏や感覚鈍麻の程度を推定し、臨床介入や支援の判断材料とします。

 しかし、こうした質問紙による感覚処理障害の評価は、当事者の保護者、もしくは本人が、懐古的にその状況と反応を想起するもので、実際の刺激に対する反応そのものを測っているものとは言えません。

 刺激に対する反応の測定については、これまで実験心理学・神経科学の分野で研究が行われてきました。例えば、ごくわずかな振動を段階的に強度を変化させて提示し、どの程度の強さで振動が提示されていることに気づくことができるか(触圧覚の閾値)を調べる研究では、ASD者は定型発達者より小さな振動でも気づくという報告が、いくつかの海外の研究グループからされています(例えば、Blakemore et al. 2006; Cascio et al. 2008など)。ただ、この結果は、他のグループでは再現されていないことや(Guclu et al. 2007)、ASDの方の日常における過敏の体験との関係は検討されていないという問題がありました。

 一方、我々の研究(Ide et al., 2019, Journal of Autism and Developmental Disorders)では、触覚刺激の”時間情報処理精度”に着目し、触覚の時間情報処理の精度が高いASD者ほど、感覚プロファイルで評価される感覚過敏の程度が強いことを報告しました。

刺激の時間情報処理の精度とは?

 ”時間情報処理精度”とは何かについて解説します。私たちが何気なく景色を眺め、音を聞き、触れていると感じる時、それらの刺激は空間的な広がりをもつこととともに、時間的な連続性をもつことを感じているでしょう。また、あたかも時間的に連続したありのままの刺激を感じ取っているような印象をもちます。しかし、実際には、私たちの脳は、時間的に連続した刺激の全てを処理できるほどの性能と容量をもっていません。一定の時間の範囲で提示された刺激をまとめ上げており、その処理の限界を超えた短時間に複数回提示された刺激は、単一の刺激として知覚します。これは、私たちの脳が、過剰な負荷を与える情報の流入を適度に抑えることを目的に、生存のために備わった積極的な戦略でもあります。

 ところで、ASDをもつ方は、しばしば古い蛍光灯のフリッカーに気づくことがあるという報告があり(Colmanet al. 1976)、実際私が接する当事者の中にも日常体験としてこの感覚を報告した方がいました。NPO法人ぷるすあるはさんのページでも視覚過敏の体験として紹介されています。

 今では、多くの場所で照明はLEDになっていますが(LEDの強い青色がかった光に対する過敏を訴える当事者も多いのですが)、古い蛍光灯では50Hz(関西では60Hz)で、すなわち、1秒間に50回(または60回)、断続的に点滅しています。私たちがこの点滅に普段気づかないのは、先ほど述べた脳の時間的な処理の限界によって、一見連続して見えているだけです。

 知覚的な時間情報処理の精度は、古典的ないくつかの実験心理学の手法で計測されてきましたが、その一つに時間順序判断課題というものがあります。時間順序判断課題では、例えば左右の指先にごくわずかな時間差で振動を連続提示し、どちらが後(または先)だったかを回答します。この課題を繰り返すことで、どの程度の時間差があったら、刺激の順序を正確に答えることができるか、すなわち刺激の時間情報処理の精度を測定できます。

刺激の時間処理精度と感覚過敏との関係性

 さて、上で挙げた我々の研究(Ide et al. 2019)に話を戻します。我々の研究では、時間順序判断課題を用い、ASD者と定型発達者それぞれ13名の刺激の処理精度を比較しました。下図Aのように、左右の指先に微細な振動を発生する装置を設置し、15ミリ秒~240ミリ秒(1ミリ秒は1000分の1秒)の間の時間差で、左右の指先にランダムな順序で振動を提示しました。課題は、どちらの指に対する振動が後だったと感じたかをボタンを押して解答するというものです。この課題を一定の回数行ってもらい、解析を行うと、個人個人の時間処理精度(時間分解能とも言います)が算出できます。下図Bの左の棒グラフがASD、右が定型発達それぞれの参加者の結果の平均を表しています。グラフの縦軸は、”左右の刺激にどの程度の時間差があれば正確に順番を解答できたか”を表すので、値が低いほど時間情報処理の精度が高いことになります。一見して、ASD者の方が値が低く、精度が高く見えますが、個人差も大きく、時間情報処理の精度について定型発達者と統計的な差は見られませんでした(ASD者の平均は約51ミリ秒、定型発達者は約59リ秒)。

Ide et al., 2019, Journal of Autism and Developmental Disordersを引用

 そこで、個人個人の時間情報処理精度と感覚処理障害の程度との関係を調べました。感覚処理障害の評価には青年・成人式感覚プロファイルを用いました。下の相関図は、ASD者に関して、感覚プロファイルの得点(ここでは、過敏によって刺激との接触を避ける傾向である”感覚回避”の下位尺度得点を表しています)と時間情報処理精度との関係を示した相関図です。〇と▲のマークは、それぞれ異なる周波数の振動の条件を表しますが、どちらも同じ結果だったので無視してください。感覚回避が高いASD者ほど、時間処理精度が高い(すなわち、よりわずかな左右の振動の時間差でも、正確に順序を解答できる)ことが見て取れます。この結果は、感覚プロファイルの”感覚過敏”の下位尺度でも同様で、一方、感覚鈍麻と関係する”低登録””感覚探求”と時間情報処理精度との関係は見られませんでした。また、この関係性は、定型発達者では見られませんでした。更に、冒頭でも紹介した触圧覚の検出閾(どの程度小さな刺激に気づくことができるか)に関しても、ASD者と定型発達者との差は見られず、感覚プロファイルとの関連も見られませんでした

高い時間情報処理精度が感覚過敏を生じるメカニズム

 刺激の時間情報処理の精度の高さが感覚過敏の強さと関係するというのは、直感として理解することがやや難しいと思います。この問題に関する我々の一連の研究は、下図のような仮説に基づいて、それを検証していく形で行われてきました。ASD者では、脳内の抑制性の神経伝達物質であるGABA濃度のバランスの乱れが報告されてきました(Pizzarelli & Cherubini, 2011)。GABA濃度が低下することによって、感覚刺激を受け取った際に高頻度で発生する神経活動を、適度に抑制することが難しくなる可能性は容易に考えられます。私は、脳内のGABA濃度の低下によって、刺激を受け取った時に高頻度の神経活動が生じることで、膨大な量の感覚情報がなだれ込み、その結果、知覚的な印象が強まった状態が感覚過敏の一因ではないかと考えました。また、外界の刺激を高頻度の神経活動で処理していたとすると、通常の頻度の神経活動では一つのまとまりとして捉えてしまうほどごくわずかな時間差で連続提示された刺激でさえ、それらを区別でき、正確に順序づけることができるのではないかと考えました。

日常的体験との関連と今後の展望

 蛍光灯が50Hz(または60Hz)でフリッカーしていることを述べましたが、これは約17ミリ秒おきに光がちらついている状態です。我々の研究では、ASD者の中には、17ミリ秒よりはるかに短い時間差で連続提示された刺激さえも区別できる人がいることが分かっており(末尾の参考図書をご覧下さい)、こうした方では時にこうした光のフリッカーに気づくことがあっても不思議ではありません。先行研究(Kinnealey et al., 2012)では、ASDと学習障害をもつクラスで、蛍光灯を白熱灯に交換したところ(加えて、教室の壁に防音シートを設置)、過敏の訴えが減り、学習時の常同行動などが減ったと報告しています。とても少ないケースでの報告なので一般化は難しいですが、白熱灯のように、緩やかな立ち上がりの点灯とちらつきが生じない灯りの性質が、このクラスのケースには適していたのかもしれません。

 現在進行中の研究で、我々はMRIの計測手法であるMRSを用いて、脳内の感覚と運動に密接な脳部位のGABA濃度と感覚過敏との関係性についても見出しつつあります。更に、上記のような過剰に鋭敏な情報処理が生じることに影響する、不安などの情動面の影響について研究を進めています。感覚過敏を強める心理的要因が明らかになれば、日常生活の中でその負担を減らすための対処法を提案できるようになるかもしれません。こうした基礎的な研究の取り組みを、臨床や支援の実践につなげることが、我々が目標としているところです。

参考情報

1. 前回のnote(2019/8/4投稿)「自閉スペクトラム症の感覚過敏の調査研究の動向」

2. Ide M, Yaguchi A, Sano M, Fukatsu R, Wada M (2019) Higher Tactile Temporal Resolution as a Basis of Hypersensitivity in Individuals with Autism Spectrum Disorder, 49(1), pp49-53, Journal of Autism and Developmental Disorders.

3. 井手正和,矢口彩子,渥美剛史,安 啓一,和田 真(2017)時間的に過剰な処理という視点から見た自閉スペクトラム症の感覚過敏.BRAIN and NERVE 増大特集 こころの時間学の未来, 69(11).

4. 井手正和(2018)感覚過敏の神経生理過程が明かす自閉スペクトラム症者の感覚経験.日本認知科学大会第35回大会発表論文集.pp161-165.

5. 季刊Be!127号特集 みんなの「感覚」でこぼこ図鑑(2017年7月)




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