【考察⑧】~タイブレーク・その1~
新年度が始まり、約2週間が経ちました。
各都道府県では、夏の選手権大会のシード権獲得を賭けた春季大会が行われています。
埼玉県では、数日後から県大会が始まります。
近年、高校野球において重要度が増してきているのが“タイブレーク”です。
タイブレーク制度とは
ご存じない方のために、簡単に説明します。
野球は9イニング終わったときに同点の場合、延長戦に入ります。
その延長戦を早く決着をつけるために、得点の入りやすい状況から始める制度を「タイブレーク制度」といいます。
高校野球では、2018年から導入され、無死1・2塁から攻撃が始まります。
当初は延長13回からの実施でしたが、2023年からは延長戦突入と同時、延長10回からの実施に変更されました。
延長12回まで同点は頻繁に起こることではないですが、9イニング同点で延長戦突入はたびたび発生します。
そのようなことから、先ほども述べたように、最終的な勝敗を分ける“タイブレーク”という制度の重要度が増してきているということがおわかりになるかと思います。
私の実体験
私自身は、前任校で部長をしている際に、タイブレークを2度経験しています。
【1回目】R元年・秋季地区予選
初めてのタイブレークは、2019年の秋季地区予選でした。
相手校は同じ公立校で進学校、力関係は正直互角かなと思いながら試合に臨みました。
延長12回を2-2の同点で終えて、タイブレークに入りました。
そのときは、後攻でした。
13回の攻防はお互い0で終わり、14回表に2点を取られました。
記憶があいまいですが、バント処理のミスから2点を取られたような気がします。
チームも動揺していていましたが、裏に2点を取り返し、15回の攻防に移りました。
そして、表を0点で防ぎ、裏の攻撃で送りバント→スクイズでサヨナラ勝ちを収めました。
【2回目】R2年夏・コロナ代替大会
2回目のタイブレークは、2020年の夏でした。
このときは新型コロナウイルスの蔓延で、甲子園大会・都道府県予選と中止になり、埼玉県では8月に代替大会として、夏季埼玉県高等学校野球大会が開催されました。
その東部地区準決勝で、当時埼玉5連覇中の王者・強豪私学との試合でした。
以前投稿したこの投稿の試合です。
大会規定は7イニング制、延長8回からタイブレーク実施でした。
7回を5-5で終えて、タイブレークに入りました。
正直ここまででもよく食い下がって戦ったな、と思っていました。笑
このとき、本校が先攻でした。
まず先頭打者が犠打、そして次打者の外野へのライナーを相手選手が落球(捕球していれば犠飛かという当たり)、そして次がピッチャーゴロで3塁走者がゴロゴーで生還、最後はレフト線へ2塁打と、3点を取りました。
そして、8回裏。
相手校は、先頭打者がライトフライ、次打者がショートゴロでゲッツーとなり、ゲームセット。
こうやって振り返ってみると、私の経験した2度のタイブレークは、両方とも勝利を経験させてもらいました。
後攻が有利か
タイブレーク制度が導入された頃から、高校野球界では「タイブレークでは先攻と後攻のどちらが有利か」といった議論がありました。
多くの指導者、特に力のある私学の指導者の方に多いような気がしますが、「裏(後攻)が有利だ」という方が多い印象です。
理由としては、表の守備で何点失点したかによって、裏の攻撃で何点を取らなければいけないかがはっきりし、攻撃の戦術・戦略を組みやすいためと言われます。
逆に、先攻で表の攻撃の場合は、裏の守備のことを考えて、より多く点数を取っておかなければならず、戦術・戦略が限定されるということです。
私の1回目の経験の際が後攻でしたが、まさしくそうでした。
0点で抑えたから、1点を取りにいくため、送りバント→スクイズという戦術をとることができました。
これが表の攻撃だったら、そうはいかなかったと思います。
このときは守備にも不安があったため、1点だけで裏を守り切るのは勇気がいたなと感じます。
2度目の経験の際(先攻)にも、強豪校相手に表に3点を取り、相手の裏の攻撃は“3点以上を取りにいく”ためにバントはなく強攻策でした。
相手校も戦術・戦略は、裏の攻撃だったからこそ明確だったのではないかと感じます。
先攻は不利なのか
ここまで“後攻が有利か”という話をしてきましたが、では“先攻は不利”なのでしょうか。
私としては、“先攻が有利”だとか“後攻が有利”だとかは関係がなく、そのチームの実力や、相手校との実力差、そのチームのスタイルによって変わってくるのではないかと感じます。
先ほどの“後攻が有利”だという考え方は、「表の守備で何点失点したかによって、裏の攻撃で何点を取らなければいけないかがはっきりし、攻撃の戦術・戦略を組みやすいため」と述べましたが、このような考え方ができるのは、指導者としても選手としても、守備も安定していてさらに投手力もあることで表の守備の失点が計算でき、攻撃にも自信があり複数得点は可能だと思えるからです。
これが私の経験した2度目の強豪私学との試合で、もし先攻・後攻が逆だったと考えたときに、表の攻撃で複数失点した後に、裏の攻撃で強豪校の好投手から複数得点を自力で取り返すことは正直想定し難いです。
また、学校によっては、攻撃よりも守備に特化して鍛えてきたチームもあります。
そういうチームは、先攻で少しでも1点でも得点を取り、裏の守備で“1点を守り抜く”という戦い方のほうが精神的に安定した状態で戦えるかもしれません。
表を最少失点で守って、裏の攻撃でその分を取り返すのか。
表の攻撃でより多くの得点をあげて、裏の攻撃を必死に守り抜くのか。
結局のところ、有利・不利とかの問題ではなく、グラウンドで戦っている選手たちが“あわてず”“冷静に”“落ち着いて”“あきらめずに”戦えることが前提として大切なのではないかと思います。
つまり、私としては、繰り返しになりますが、“攻撃と守備のどちらが強みのチームなのか”というそのチームのスタイルによって、先攻がよいか後攻がよいかの考えは変わってきますし、有利か不利かは相手校との力関係のバランスによって変わるため、正直考えても仕方がないと感じます。
指導者・選手ともに考えるべきことは、“あわてず”“冷静に”“落ち着いて”“あきらめずに”戦う精神状態を作るということです。
落ち着いて戦うために
“別の競技”
まずは、延長戦に入りタイブレークとなったら、また新たな“別の試合”、“別の競技”が始まると考えることです。
いきなりチャンス・ピンチという状態からの攻防が始まります。
ざっくりな考え方で、内野ゴロ3つで1得点、ヒット1本が出れば2点が入る戦いです。
気持ちとしては、
という認識を共有して戦うことが大切なのではないか、と感じます。
実体験としてもそうです。
1度目の経験時は、2点を奪われても(失点の仕方から動揺はしていたと思いますが)「取り返せる」という感覚をもって選手たちは戦ってくれていました。
2度目の経験時は、表に3点取れたことで少し余裕をもって守ることができたと思います。
これが2点のリードだったら、選手たちは守っていても“勝っている感覚”や“リードしている感覚”はなかっただろうし、強豪校の攻撃のプレッシャーに押しつぶされていたのではないかと想像できます。
日頃の練習から
タイブレーク時の究極な場面に“あわてず”“落ち着いて”戦うためには、日頃からタイブレークが起こりうることを想定して、チームとして鍛錬を積んでいくことはもちろん大事です。
まずは、攻撃時のバントの確実性を高める、守備時のバント処理で確実に一つ(一塁で)アウトを取れるようにすることが絶対条件です。
少しデータを紹介します。
少し古いデータですが、2017年の春夏甲子園全81試合で起こった無死1・2塁のケース(全75例)を分析した結果、打者走者をアウトにできなかったすべての事例において得点につながり、そのうちの37.5%が3点以上の得点となったそうです。
そして攻撃側がバントを確実に成功させて1~2点を取ったケースは59.1%だったそうです。
こういうデータからも、チームとして誰が出場していても、バントとバント処理は大丈夫という状態にしておきたいですね。
次に、攻撃面を考えていきます。
先ほどのデータによると、意外な結果ですが、無死1・2塁のケースからの得点率は、バント(67.5%)よりも強攻策(74.2%)のほうが高い結果となったそうです。
バントは6割程度の確率で1~2点をあげられるわけですが、3点以上入ったケースは4.5%と低く、先ほども述べたように、失策や四死球など打者走者をアウトにできなかったときに発生する傾向にあるそうです。
そういったデータから考えると、万が一、後攻でタイブレークの表の守備で大量失点した際に、バント策以外の戦術も兼ね備えていないと、挽回できる可能性は限りなく低くなってしまいます。
こういったことからも、いざタイブレーク時に1~2点、あわよくば3点以上を狙って攻撃したいときのために、バントをしない強攻策でもチャンスを広げられるような実戦練習も積んでおきたいところです。
さらに、走塁面を考えると、1・2塁時の内野ゴロの際にベース上で封殺されないように(間一髪でセーフをもぎ取れるように)ゴロゴーのスタートを極めたり、またランダウンプレーで後ろの走者を少しでも進塁させられるように、野手を引きつけタッチされるまでの時間を稼いだりすることも、しっかりと練習しておきたいものです。
攻撃の幅を広げられるように、三盗や1・2塁からのエンドランもできるようにしておきたいですね。
最後に守備面ですが、「バント処理で確実に一つ(一塁で)アウトを取れるようにすることが絶対条件」と述べましたが、次のステップとして、バントシフトを敷いて3塁封殺を奪えるように練習しておく必要があります。
ミスが失点に直結してしまうプレーであり、3失点以上のリスクもかなり大きくなってしまうので、間一髪のプレーを確実に決められるように、何度も何度も取り組んでおくべきでしょう。
また、1死2・3塁からの内野ゴロの本塁送球や、そこから発生するランダウンプレーの練習も忘れてはなりません。
さいごに
以上のように、今回はタイブレークについてまとめてきました。
“攻撃と守備のどちらが強みのチームなのか”というそのチームのスタイルによって、先攻がよいか後攻がよいかの考えは変わってきますし、有利か不利かは相手校との力関係のバランスによって変わると述べました。
そして、有利・不利の前に、“あわてず”“冷静に”“落ち着いて”“あきらめずに”戦う精神状態を作ることが大切だと述べました。
実際のところ、試合をするときに最初からタイブレークになることを見越して先攻・後攻を決めることはないと思います。
先攻・後攻を決めるのも、結局のところ主将のジャンケンなので、要は“運”です。
タイブレークになってしまった際には、先攻・後攻に合わせた戦い方に順応するしかないでしょう。
しかし、今年度から状況は変わるかもしれません。
以前の投稿【指導観①】〜高校野球における“配球”の指導〜でも紹介しましたが、今春から新基準バット(従来のバットよりも低反発)が完全に移行されました。
大量得点・大量失点が起きるケースも減少するでしょう。
そうすると、先攻で先制点をあげることの“重み”が増していくと思います。
そして、ロースコアの試合も増えることで、延長戦・タイブレークの試合数も増えることが予想されます。
よりタイブレークの重要性が増していきます。
大量失点のリスクが減ることで、タイブレークにおいても“先攻逃げ切り”のほうが精神的に有利になっていくのかもしれないと思っていました。
今春のセンバツでは、延長戦・タイブレークが4試合あり、先攻チームの勝利が1試合のみという結果でした。
“先攻逃げ切り”のほうが精神的に有利というよりも、“先攻逃げ切り”を狙ったのにも関わらず、複数得点をあげることに失敗したときの方が精神的にキツいのかもしれません。
現在行われている春季大会や、今後の夏の選手権大会以降の大会でも、どういった傾向が表れるのか、注目してみていこうと思います。
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