そんな風に首を絞めなくても、そうして結ばれる季節があり陽射しがあり、かすかにさわやかな鰯がそらを泳ぎ出す。かける前の脚はみんなさわやかなんだ、はめこまれたような雪が降ったあさ、少女はきっと旅立つ、それを知っていても留めるすべをもたない。あきらかな春のバスが、みずたまりをそっと横切り、緑色の車体を一瞬うかべた
ほほえんでいても、泣いていても、その滑らかな剃刀の斜度はかわらない、それによって削がれるものも、それによって研がれるものも。祝祭を。迎えにいくまえに、柄にもなく香水なんかを振って。コントラバスの象嵌がさわやかにあふれる、少女はそのままふくらはぎになる。
遅滞する母は、諦めた冷蔵庫に寄りかかる。弟の葬式に間に合うようにと、急いで購入した写真機。あふれだす肉の煮える匂い。シナモンをかけて柔らかく微笑んで、亡霊の仕草が自然な母親が冷蔵庫に透けはじめる。木影のカーディガンを風に揺らしながら、限りなく素数にちかい速度で、自転車のチェーンを回す。殴打のあと、こめかみに血をはりつけたまま、ああ、春の花がきれいね
 
みんな手を振りながら
渡りきって
いく
冬の歯並びのようなそら
おもいように背負って
横断歩道を清潔になぞって
暮れていくバス停に
きちんと一列にならんでいる
 
フチのある意味だった。首には真新しい銀の鎖をはめて、きれいなグラスに氷を浮かべた。「ピアニッシモで、それからまた譜面をはぐる」少し黄ばんだ白髪は、きっと煙草の吸いすぎだろう、あざやかなきりんの肖像。みんな正確に首を伸ばしている。そこに這う黒い点が、熱をためている事なんてしらずに、ただ、ありのまま
白いスカートにつばのひろい帽子をかぶって、さらされるかわの水に手をのばした

そうしてかわされる一言ふたことが、りんごのようにかおり、商店街へ出荷される、少女は亡霊の母の前にたつ、しずかに報告する初潮とアブラナの太い茎。対岸から差し出される銃口のような、豊穣の地としてそこを耕して、少女は妹でも母でもなかった
母は無表情のまま、買い物にいく、たくさんの
買い物籠に、祝祭のように敷き詰められたたくさんの
弟たち、一輪一輪とタンポポのような黄色い花をならべて、それをナスだとか人参だとかに消尽していく、ただしい数列の作り方で
背負わなければならなかったもの、星の雫のような筆先を青黒いインク壺にさしいれて、たどらなければならなかった住所と、そこにある、水掻きを失った白鳥。通りすぎていくバスの中に誰かがみえた。それはまた、ひとつの光であり、もしかすると祈りであったか

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