台湾に関わる人、海外に出る人に!

1945年に出来た連合国(国連)の主要国(常任理事国)に、なぜ1949年に建国した中華人民共和国が入っているのか?常任理事国だった中華民国(台湾)がなぜ脱退せざるを得なかったか?学校では教えてくれ無い。

いわゆる「国際社会」と言うものが、決して憲法の言う「公正と信義」ではなく、現実的なパワーバランスの中で動いて行く事例とは思いながら、理解を深める機会がありませんでした。

ただその時、日本は何を思い、どんな行動をしたのか?について、日本人として漠然とした恥ずかしさを感じていました。

長年のモヤモヤが、岸信介・蒋介石会談の通訳をした金美齢氏の話しを聞いてスッキリすると同時に「日本を誇りに思う」ことが出来ましたが、もっと早く知りたかった。知っていればもっと自信を持てた気がします。

一方で、今の日本で岸信介元首相の様な、的確な先見の明と行動力のある政治家、経営者がいるだろうか?目指すべき指針ともなる事例として紹介します。

安倍晋三元首相(当時)との会談で、金美齢氏の言葉。

「実は50年前が基点なんです。あの時非常に感動したのは、岸元首相が、台湾に何回も足を運んで・・何をするために足を運んだのかといいますと、蒋介石を説得するためです。

何をどう説得するかというと、もうアメリカも日本も、中華人民共和国が国連に入ることを止められない。どんどんどんどん、中華人民共和国が実効支配しているわけですから、中国大陸を。だから国連の安全保障理事国のポストを「中華民国」がずっと座っていることはもう不可能だと。

唯一台湾を国際社会に残すためには、国連に中華人民共和国が入ると同時に、「中華民國」ではなく「台湾」として議席を残しなさい。東西ドイツがあり、南北朝鮮があるんだと、ならば中華人民共和国と台湾が同時に国連にいてもいいだろう。唯一つのチャンスというのは、中華人民共和国が加盟すると同時に、中華民国の旗を降ろして、台湾として残ることです。

それを岸信介元首相は、50年先、100年先のことが見えるんです。現在のこの時点が見えるんです。つまり台湾が国際的な孤児になってしまったら日本も不利なんだと、実は台湾が台湾であることが日本の為であることを岸さんはちゃんとご存じで、それが見通せる。だから何回も、何回も足を運んで台湾へ行って蒋介石を説得しようとした。

しかし、蒋介石はNo!。・・何故No!、「自分は死ぬまで中華民国の総統でありたい。」

自分が死ぬまでよ。実は憲法は2期までしか許さないのに、憲法を変えて、死ぬまで総統をやったんですけど、自分が死ぬまで中華民国の総統であるために、台湾を売ったんですよ。

台湾が国連に入ることができなかったのは、今、国際社会で孤児になっているのは、あの時の岸信介元首相の説得を蒋介石が聞かなかったから。

それでも何回も何回も足を運んで説得をしてくださった岸信介元首相に対して、・・私はその場に居た訳だから、 私は座談会でその話を聞いて知っている訳だから、 私が通訳した訳だから、 

だから自分の目でそれを確かめて、 

自分の耳でそれを確かめて、 

その原点で自民党を、50年間応援している訳です。」

自民党に限らず、応援して貰える「日本人」でありましょう。

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