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スペース中間管理職

 シリウス星系に向かう交易船レンジャー号が航行中に異常な重力を感じてから既に48時間経過していた。

「おい、まだ分からないのか?」

 船長のトミイはイライラを抑えきれない。

 ブリッジのアオタは額に汗を滲ませがならキーボードを打ち続けている。

 そして、眉間に皺を寄せながらカチンとエンターキーを押したのち画面に現れたのは絶望的な内容だった。他のクルーはブリッジの大画面が映し出した絶望的な内容をただ見つめるだけだった。

 操縦士のアカノは思わず笑ってしまった。「おい、ちゃんと検証したのか?こんなデータが・・」とまで話してその先の言葉を見つけられなかった。

 機関士のグリーニーが何かを言おうとしたところで、アオタが制して

「これで確定とまでは言い切れない余地はあるのですが、それなりの状況証拠は揃っています。率直に言うと宇宙プレデター、いわゆる『宇宙怪獣』ではないかと思われます。かつて宇宙歴黎明期に立て続けに民間の宇宙ステーションや運搬船が不可解な原因で消滅したことは半ば都市伝説のように言われていますが、宇宙怪獣の仕業ではないかと当時取沙汰されたのを覚えていらっしゃるかと思います。」

 トミイの声が上ずる。

 「な?本気で言ってるのか?そんなことがある訳ないだろう!そんな得体のしれないようなものがこんな安全な宇宙航路内に存在する訳がないだろう!証拠があるのか?」

 アオタは顔色を変えず続けた。

 「証拠はございません。しかし、この宇宙空間で証拠が判別できるまで待っていたら逃げ出すことができません。これまでの事故で物証がまともに残っていないのはそういう理由と思われます。残された手がかりは惑星からでも衛星からでもない謎の重力波の痕跡だけが確認されています。怪獣でない場合はブラックホールぐらいしか考えられません。」

 トミイは狼狽し果てていた。

 「『思われます』じゃ、ダメなんだよ!!さっきから屁理屈ばかり並べて。じゃあ、その解決法を示してみろ!そこまで考えるのが仕事だろう。君はだから無責任だって言われるんだ。この船の責任者は私だ。いい加減な判断はできないんだよ。判断できるだけの有益な材料を示しなさいよ。」と声を荒げた。

 アオタは務めて冷静に説明する。

「地球に救難信号は最初に重力を感知した48時間前に送ってあります。おそらくアステロイドベルト分隊がキャッチして1200G通信に5万倍のブーストかけて送ってくれている筈ですが、現状返答はございません。」

 トミイはあからさまに取り乱してた。

 「だからどうしたと言うのだ。」

 アオタ「正直なところ、現状我々の打てる手は限定的です。救難信号は間に合わない前提で考えておいた方がいいと思われます。」

 トミイ「その『思われます』をやめたまえ。君の悪い口癖ですよ。」

 アオタ「予算的に会社の台所事情が苦しいのは分かりますが、宇宙ヒーローレンジャー隊に救助要請を出しましょう。ヒーローレンジャー隊には保険が効きませんが、背に腹は変えられません。今ならレンジャー隊で対応可能です。現在この航路をパトロールしているのは・・」

 トミイ「何?またあいつらに頼もうというのか!前回はそれで助かったはいいが、とんでもない負債を背負うことになったのだぞ!大したことやらなかったくせに!!他に手はないのか?それを考えるのが君の仕事だろ。」

 アオタ「今は一刻を争う段階です。お叱りや諫言は後程いくらでも伺います。船長権限でしかヒーローレンジャー隊を呼ぶ最非常時救難信号は出せません。ここで遅くなって、ヒーローレンジャー隊ではなく、巨大スーパーヒーローが発動した場合、国家予算ものですよ。」

 トミイ「ヒーローレンジャー隊を呼んでいいのか?呼んでみたけどやはり必要なかったと言っても請求書はきちんと送られて来るんだぞ。その責任を取るのは私なんだ。本当にいいんだろうな。どうなんだ、断言できるのか?」

 アオタは黙っていた。操縦士のアカノ、レーダー技術士兼防衛担当のノラン、保健士のピンキー、機関士のグリーニーの視線がトミイに集中する。

 トミイ「よ・・よし。分かった。確かにこの信号の権限は船長である私にあるが、ここにいるみんな総意のもとで出すんだからな。いいか、連帯責任だぞ!分かってるんだろうな!」

 いよいよ、重力波の影響はどんどん大きくなってきた。船が軋み始める。

 ヒーローを呼ぶには特殊な暗号コードで送らなければならず、必ず船長が自分の指紋を認証した上で船長室で一人で行わなければいけない。意を決して船長室に入る。船の軋みはますます大きくなる。トミイは冷や汗を滝のように流しながら、船長室に入る。非常時救難信号のボタンに手をかけるも、どうしても踏ん切りがつかない。うめくように自問自答をする「本当か、いいのか。でも、もしもこれで首になったらローンが・・。そうだ、今ならまだ火星に・・」

 トミイは慌ててブリッジに出て「アカノ君!全力で火星まで退避すれば重力波から逃げ切れるんじゃないのか?」

 アカノ「無理です。重力波を感じた48時間前ならまだ検討の余地もありましたが。今からでは絶対間に合いません。」

 アカノはディスプレイに航路を示し、「こちらご覧ください。既に通常の航路を10度ほど外れてきている上にさっきから航行速度も20%以上減速しています。」

 トミイ「ほらみろ!アオタ君!君が48時間前にちゃんとした情報を出してくれないから決断が遅くなってしまったじゃないか。遅い決断は間違った決断に劣るという言葉を知らんのかね。大体いつも君はそうなんだよ。え?何とか言ったらどうなんだ?」

 そうこうしている間にいよいよ、重力波は大きくなり、とうとう肉眼でもその恐ろしい姿が見えてきた。あれは、ベム○ターだ。

ニュース速報
「シリウス星系に向かう交易船レンジャー号が宇宙怪獣に遭遇、巨大スーパーヒーローがスクランブル出動し、怪獣退治に成功。成功報酬8兆ドル請求に対して、レンジャー号を運営するギンガノミクス社は債務超過で破産申請か。」

付録:料金表
・ヒーローレンジャー隊・・成功報酬 2000億ドル(スクランブル手当 1000億ドル)
・鉄仮面ヒーロー軍・・成功報酬 1兆ドル(スクランブル手当 1兆ドル)
・巨大スーパーヒーロー・・成功報酬 5兆ドル(スクランブル手当 3兆ドル)

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