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ニューヨークの座敷わらし | アンディ ウォーホルが現れる

自らの叫び声にびっくりした。

背筋から脳天に向けてぞわぞわと寒気が走った。その叫びは、敢えて言うのであれば遊園地のお化け屋敷で後ろから突然驚かされた時にでる類の声と似ている。

声がよほど大きかったのだろう。隣のギャラリーから何事かと真剣な顔をした人が跳んできた。

ニューヨーク市のマンハッタン南西に位置するチェルシー。名高いアートギャラリーはもちろんのこと、ストリート沿いには大小のギャラリーが連なり、世界中から数多のアート作品、そして我こそはとアーティストが集結してくるアメリカにおけるアートのメッカ、アートの発信基地である。

アーティストの知人とチェルシーのギャラリーで話が弾んでいた時の出来事だ。ブロードウェイでは「The Collaboration」というPOPアートの牽引役でもある「アンディ ウォーホル」と次世代の寵児「ジャン-ミシェル バスキア」の親交を描く舞台が評判で、その演劇の話から、このアーティストふたりの話題になっていた。

知人は言う。
「よく分からないのよ。『アンディ ウォーホル』ってさ。
少し疑わしいっていうか、笑っているのをみたことがない」

とっさに言葉を飲み込んだ。
初めて『アンディ ウォーホル』を知った時、彼はPOPアートのリーダー格として君臨しており、その作品もアーティストの存在自体もどこまでもカッコイイと思っていたからだ。だがどこが良いのかと問われてもうまく語れない気がする。

知人の言葉に同調するように、結論づけないように続けた。
「アートのいままでの価値を変えたと思うんだけど、
でもね、黒い感じもする。よく分からないというのもピンとくるね」

我らの話題は勝手気ままであり、冗談をいれながらの談笑であった。

あと数分で夕方の6時になる。
その時、ギャラリーのドアからひとり入ってきたような気がした。

板張りの床を歩く音が近づいてくる。
訪問者はギャラリーの中へゆっくりと歩みを進めているようだ。
我らはドアに背を向けていたので、訪問者の姿は見えない。
静かにしよう。それぞれが思ったのだろう、談笑は自然と終わっていた。

足音が止んだ。
声でもかけようと入口の方へ顔を向けた。しかしそこには誰もいなかった。
出て行ってしまったのかと思い、知人と目を合わせる。
あなたと同じことが脳裏をよぎっているのよ、と語っているのがその瞳から読み取れた。

「誰か入って来たよね」
どちらからともなくささやくように切り出した。
しばらくの間、耳を澄まし、ギャラリーの外も含めて体全体で気配を感じ聞き取ろうとした。

誰もおらず、戻ってもこないようだ。

その時だった。

ミシミシミシミシミシ・・・・・。
蜷局を巻くように押し歩く音が床に走った。

自らも驚く金切声が建物全体に響いたのはその時だった。

一大事が起きたのかと、すぐさま隣のギャラリーからこちらを覗きにきた。
ほんの一瞬放心状態であったが、ただちに正気を取り戻し問題はないことを伝えた。絶叫から一転し何事もなかったような様子をみた隣人は、いぶかしげに戻っていった。

我らふたり、視線の先は紛れもなく同じ床に達している。
自分だけが聞き、感じたのではないという事実は明らかであった。

「『アンディ ウォーホル』かな」
「いや、それはないよ。違うでしょう」

ガタンガタン、トントントン!
床が答えた。今までとは違い軽快な音になっている。

共に目でうなずき、そしてゆっくりと首を縦に振り、確信した。

そうか、彼なのか。
どうやら遊び心がある人ではありそうだ。

チェルシーにある壁画(左から) 
アンディ ウォーホル | フリーダ カーロ | キース へリング | ジャン-ミシェル バスキア


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