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ムジャドンガン


あらすじ

<1万文字> 子供達のいなくなった小さな公園に現れたムジャの奮闘記。友情、愛を大切にするムジャ。ムジャの気持ちとは裏腹に混乱した世界に巻き込まれてしまう中で、ムジャの優しさが新しい世界に希望の光を投げかける物語り。

町はずれの小さな公園に

町の片隅に小さな公園がありました。
ブランコもあるし、
らせん状の滑り台も、
大きな砂場だってあるのに、
誰も遊んでいませんでした。

昔は子供たちの笑い声がたくさんあったけれど、
公園の隣に工場が建てられてからは
日陰の中に隠れてしまい、
反対側には大きなマンションが建ちました。
そのマンションには
それはまた大きな公園があって、
ブランコや滑り台に砂場に加えて
アスレチックやサイクリングコースに
お菓子屋さんまであって、
とても広くて日当たりも良かったのです。
そうやって誰も見向きもしない
さみしい小さな公園になってしまったのです。
 
子供たちがいなくなった公園には
どこからともなくごみが
集まるようになっていきました。
風に吹かれて集まってきたり、
心ない人達がポイポイと
ゴミを捨てて行ったのです。
タバコの吸い殻にお菓子の包み紙や新聞、
ネコの毛玉や枯れ葉に小枝。

やがて行き場を失ったゴミたちが
公園の中を風に吹かれていくうちに
まあるい固まりになって転がるようになり、
気がつけばそのゴミの固まりは
小さな公園の主になっていました。
そのまあるいごみの固まりが
この物語の主人公のムジャです。

遊具たちの昔話

風はこの小さな公園が好きでした。
ここ最近はどこも温度が上がってきていて、
暑くて仕方がなかったのでしたが、
この公園はいつも日陰の中ですずしいのです。
風はムジャの一番の友達でした。
ムジャは風に吹かれるままに転がって、
誰もいない公園を散歩するのが好きでした。
そしてムジャはいつも話しを聞いていました。
話しといっても、
この公園には子供たちの
笑い声や歌声はありません。
ムジャが聞く話し相手は
公園の遊具たちの昔話しでした。

「ねぇムジャ聞いてくれよ」
階段の下に転がってきたムジャに
すべり台が話しかけました。
「ついこないだまでは僕だって子供たちを
うんと楽しませることができたんだ。
信じないだろうけどね。
僕の持っている滑り台はらせん状に
クルクル回りながら滑れるんだよ。
今までの記録では同じ子が
連続二〇回滑って遊んだこともあるし、
この公園ができた時には階段の向こうまで
列が出来ていたんだからね」

砂場にコロコロっと転がって行くと、
「ムジャ聞いておくれよ。
今じゃ砂漠みたいな私だけれどね。
その昔のこの砂場は楽園だったのよ。
子供たちがとてもきれいに
着飾ってくれたものだわ。
大きなお山があって、
お山にはトンネルもあってね、
そのトンネルは川が流れていたの。
お花だって花壇みたいに並べられて、
砂場の淵にはお団子やケーキが並べられて、
毎日子供たちがピクニックをして楽しかったわ」
砂場のマダムはおっとりしながら話しました。

ブランコの脇に行けば、
「ムジャ、乗ってごらんよ。
僕はまだまだ空高くまで飛べるんだよ。
ただ誰も乗ってくれないだけなんだよ。
鳥になった気分にしてあげられるし、
何だったら鳥より高く
持ち上げてあげることもできるんだ。
子供達が一番好きな遊び道具っていったら
ブランコに決まってる。
僕は知っているんだ、
子供は誰だって空を飛びたいんだよ。
僕にはそれができるのに、
どうして誰も来なくなってしまったんだい」

ムジャはそうやって遊具たちの話を
聞いているうちに、
どうにかしてあげられないものか考えていました。
一生懸命考えていたせいで、
風はムジャを転がして遊びたかったのに
風が吹いてもなかなか転がらないほどでした。
「どうしたんだよムジャ、
いつもみたいに転がって遊ぼうじゃないか」
風がそう言うと、
「僕は君に吹かれて楽しいけどさ、
でもこの公園の遊具たちも楽しくなるには
子供たちが必要なんだよ。
でもどうしたら子供たちが
また遊びに来てくれるようになるのか考えているんだよ」
ムジャが答えると、
風は笑いながらくるりと宙返りをして、
「ムジャ、そりゃ無理な話しだ。
君たちは知らないだろうけど、
この隣にあるマンションの向こうには、
ここより立派な公園があるんだよ。
子供達はみんなあっちの公園に夢中だからね」
風はそう言うと、
ヒュルヒュルーと空高くまで舞い飛んでから、
またヒュルヒュルーと下りてきて
ムジャの所に戻ってくると、
はずんだ様子で跳ねながら言いました。
「ムジャ、いい考えが浮かんだよ。
もしかしたら、子供たちがこの公園に
また集まってくるかも知れないよ」

とびきりな思いつき

「なんだいその考えって」
ムジャが聞き返すと、
「いいからオレに任せてみなよ」
と風は言うと、
ヒュルヒュルーと空高く舞い上がってから、
いつもと違う吹き方をしました。
それは上に吹いたり、
下に吹いたり、
右に吹いたり、
左に吹いたりしながら
ムジャにあたってきました。
「なんだよ風君、
僕は君に付き合っている
気分じゃないんだって言っただろ」
とムジャは風に向かって
不機嫌そうに言いましたが、
風は相変わらず変な吹き方をして
ムジャに当たってきました。
ムジャもこらえ切れなくなって、
風に吹かれていましたが、
変な吹き方をするものだから、
地面をボンボンはねたり、
ジグザグに転がったりして
楽しいというより目がグルグル回ってきました。
「おいおい、悪ふざけにもほどがあるぞ、
いい加減にしてくれないか」
ムジャは腹を立ててそう言いましたが、
風は笑いながら、
「まだまだだよムジャ。
それに怒っていちゃだめだ、
もっともっと僕に乗って楽しむんだよ」
と風は言って、
ムジャの言うことを相手にしませんでした。

おやおや誰かがやってきた

しばらくすると、
公園の脇を通る三人の子供たちがいました。
三人はめそめそ泣きながら歩いていました。
マンションの大きな公園で遊んでいたのですが、
いじめっ子たちに悪さをされて
仕方なく大きな公園から出てきたのでした。
そして見向きもしなくなった
公園の脇を通りかかった所で、
何か不思議な物体が動いているのが
目に入りました。
「ありゃなんだよ」
と言って公園の中を一人が指さしました。
公園の中ではムジャが風に吹かれて
奇妙な動きをしていました。
三人は奇妙に動くムジャを見て、
それまでのめそめそしていた気持は
どこかに行ってしまいました。
「あたらしいラジコンかな」
「いや、あんな空飛ぶラジコンなんて
見たことないや」
「何だが生きてるみたいな動きだよ」
「あれ、前にテレビで見たことあるよ」
「なんだよ」
「ユーフォーだよ」
「ユーフォーってあの宇宙人のユーフォー」
「そうだよ、ああやってさ、
空をジグザグに飛んでいたんだ」
「でもユーフォーにしちゃ、小さすぎるだろ」
その子供達はムジャを見ながら、
なんだかんだと言っていました。
そして子供たちの様子を見ながら、
風はムジャに言いました。
「ムジャ、分かったかい
オレがやりたかった事っていうのは」
「すごいぞ、子供がこの公園の前に
立ち止まったのを見たなんて
いつぶりだろう。君は頭がいいな」
ムジャは風がやろうとしていたことが
ようやく分かってきました。
「それじゃムジャ、
僕に調子を合せてくれるね。
もう一息だ、
思いっきり楽しみながら
僕に合わせてくれよ」
と風が言うとムジャも
「ようし、思いっきりはっちゃけていこう」
と言って、風に体を預けました。
風はそれまでよりも空高く、
雲にも届きそうなくらいムジャを持ち上げて、
そこでジグザグに揺らしてから、
ビュビューンと強く吹いて
子供たちの方まで一気に落下させました。
そしてムジャが子供たちにぶつかると思った時、
子供たちの目の前でぴたりと止まり、
ムジャは子供たちの足元にポトンと落ちました。
子供達はあまりにもすごい動きだったので、
びっくりして全員ともその場に
尻もちをついてしまいました。
そして大きな目をしてお互いを
見つめあっていました。
「こんなの初めてだ」
「まるで生きてるみたいだよ」
「こうやって見てみると、ゴミの固まりだよ」
「でも、ただのゴミの固まりじゃないのは確かだよ」
そして、三人の中でも一番大きな子が、
「ちょっとさわってみようか」
と言って、
目の前にあるムジャに
そおっと指でつついてみました。
ムジャはコロコロコロと
少し公園の方に転がりました。
「やっぱり、ただのゴミかな」
と言って今度は別の子がムジャをつつきました。
ムジャはまたコロコロコロと転がって、
公園の中に少し入りました。
子供たちもムジャにつられて公園に入って来て、
もう一人の子がムジャをつつくと、
今度は少し弾んで滑り台の所まで
転がって行きました。
すると子供達は、
「あれ、今の見た? 
ちょっとつついただけなのに
あそこまで転がって行ったよ」
と言って、滑り台の所までかけよってきました。
ムジャも風も楽しくなってきました。
そして、また子供達はムジャをつつくと、
ムジャは滑り台を駆け上がっていきました。
「うわぁ、こりゃすごいものを発見したぞ」
と叫ぶと子供たちも滑り台に
駆け上がってきました。

楽しい遊びの掛け算

子供達はムジャを使って
色々な遊びを考えました。
滑り台をムジャと一緒に滑ったり、
ブランコを漕ぎながら
空高くムジャを蹴飛ばしたり、
砂場ではムジャに乗っかって弾んでみたり。
何をしてもムジャは不思議な動きをするので、
ムジャを使って何かをすれば、
それが新しい遊びになっていきました。
ムジャにとってそれまでで
一番楽しい日になりました。
あっというまに夕方になり、
子供たちもお腹が空いたので帰って行きました。
帰り際にひとりの子供が、
「それじゃ、また遊びに来るねムジャ」と言うと、
ほかの二人も
「ムジャ、いい名前だ。ムジャに決定」
と言いました。
ムジャはびっくりしました。
ムジャと呼ぶのは風と遊具だけだったのに、
子供たちからもそう呼ばれたからでした。
子供達が帰った後も風はまだ興奮していて、
そこらじゅうをピューピューと走っていました。
「おいおい、ムジャ聞いたかい。
子供たちも君のことをムジャって呼んでたよ」
「不思議だね、
僕たちは人と話せないのにどうしてだろうね」
とムジャが言うと、
風がケラケラと笑いながら言いました。
「僕がそおっと子供たちの
耳元でささやいたんたんだよ。子供たちに
気付かれないくらい小さな風の音でね。
だから子供達は自分で思いついたと
思ってるんだよ」
「君はそんなこともできるのかい」
「風の便りって言葉が人の世界にはあるんだ。
あれは本当の事なんだよね」
風は自慢げに答えました。

きっと明日も

風とムジャはとても弾んだ気持ちでしたが、
それ以上にうれしかった様子なのが
公園の遊具たちでした。
「風君にムジャ君、
本当に君たちに感謝しているよ。
僕は昔の想い出を
振り返るばかりの毎日だったけれど、
まさかまた今日という日に
子供たちと遊べるなんて
夢のような一日だった」
と滑り台が言うと、

「おいおい、夢のような一日なんて言い方はやめてくれよ。
なんせ、この公園にはムジャがいるんだ。
今日も明日もこれからずうっと
子供たちと遊べる毎日が続くに決まってるじゃないか」
とブランコが言いました。

「そうよね、そうよね、
きっと明日も子供たちがこの公園に遊びに来てくれるのよね。
私もきちんときれいにして待っていなくちゃ。
猫なんかがきておしっこしようものなら
砂をかけて追い返さなくちゃね」
と砂場も笑いながらそう言いました。

でも本当のところは
ムジャも風も遊具たちもとても心配していました。
明日になってもまた
子供たちがやってくるのか心配していました。
今日はたまたま通りかかっただけで、
明日になればマンションの向こうの大きな公園で
遊んでいるんだろうなと思っていましたが、
誰もその事は言いませんでした。
その事を言ってしまうと
楽しかった今日の一日が台無しになって
しまうような気がしたのです。

小さな公園の大きな笑い声

子供たちと遊んだ夢のようなあくる日。
小さな公園の遊具とムジャは
朝からそわそわしていました。
そして昨日遊びに来た三人組の男の子たちが、
駆け足で公園に飛び込んできた時は、
風もムジャも公園の遊具たちも
それはそれはうれしくて仕方ありませんでした。
ムジャもピョンピョンと跳ねながら
子供たちに駆け寄りました。
「みんなで遊ぶって本当に楽しいね」
ムジャが風に言いました。
「なんせ、子供たちは遊びの天才だからね」
風がヒュルリンとまわりながら答えました。
その日も楽しい時間はあっという間に
過ぎてしまいました。
夕方になって公園に置いてけぼりにさ
れるのはさみしいけれど、
また次の朝がくれば、
子供達が駆け寄ってきて一緒に遊べるのが
とっても待ち遠しく思いました。

次の日も三人は公園に遊びに来ました。
けれど今度は三人以外にもさらに三人いました。
子供たちが学校で話したのです。
その子供たちもまた友達に話して、
さみしい公園は日に日に子供たちが
増えていきました。

子供達と一緒になって遊んでいくうちに
ムジャはどんどん大きくなっていきました。
そこらを転がるうちに辺りにあるゴミを
巻き込んで大きくなっていきました。
気がつくと、
ムジャは子供達と同じぐらい大きくなりました。
ムジャが大きくなるたびに
公園にも多くの子供たちが
集まってくるようになりました。

作業着を着た大人たち

ある日、ムジャが子供たちと
コロッパジャングルをして遊んでいると、
作業服を着た大人たちが
ほうきを持ってやってきました。
「古臭い公園だけど、
こうも子供たちが増えてくると
掃除でもしてやらんとな」
作業服を着た大人たちはそう言ってから
「ほらほら、そんなゴミをつついて
遊んでいちゃだめだよ」
と言ってムジャを子供達からとりあげて、
ゴミ回収のトラックの荷台に
のせてしまいました。
子供たちは、
「そいつはゴミなんかじゃなくて、
ムジャって言うんだ」
「一緒に遊んでいるんだ」
「返せ、返せ、ムジャを返せ」
と大人たちに文句を言いましたが、
作業服を着た大人たちは子供たちには
耳を貸さずにトラックに乗り込んでいきました。
子供たちはその場から去っていく
トラックに石を投げつけて、
地面をけり上げました。

壊れたテレビの行くところ

ムジャは荷台に乗せられて
とても怖くなってしまいました。
なぜなら、荷台には町中で使われなくなった
物達が所狭しと重なり合って、
皆悲しい声で泣いていたのです。
ムジャは隣にいて画面が割れてしまった
テレビに聞いてみました。
「これから僕達は
どこに連れていかれてしまうんですか」
「わしらはな、皆燃やされるんじゃ。
もう使い物にならんからなぁ」
とため息をつきながらテレビは答えました。
「なぁ君はゴミの塊みたいだけれど、
そんなに大きくなるまでどこに隠れていたんだ」
「僕はムジャ。僕はこの公園で生まれて、
ここ最近は毎日子供達と遊んでいたけれど、
作業着の大人たちに捕まってここにきました」
「子供達と遊ぶってどういうことだ」
テレビが不思議におもって聞きました。
「ある時はボールになったり、
風に吹かれて追いかけっこをしたり」
「そりぁ楽しそうだな」
「そう、楽しかった。
あそこにあるブランコやすべり台も一緒になって
子供達と一緒になって遊んでいたのに、
どうして僕だけが
連れて行かれてしまうんだろう」
「そりゃ、当たり前だよ。
ムジャ、君はゴミなんだよ」
「ゴミ?」
ムジャは分かりませんでした。
「わしはテレビじゃ、いや、テレビじゃった。
子供達とは一緒にマンガなんかも見たりして
それはそれはなかなか楽しい毎日じゃった」
「それなのにどうしたの?」
「ほれ、これを見てみぃ、わしの顔を」
ムジャは割れたテレビの画面を覗き込みました。
「こうなってしまってはな、
わしはもう用無しなんじゃよ」
「それで僕達は用無しのゴミだから
燃やされちゃうんですか?」
「そういう事じゃよ」
テレビは力なく答えました。

ニーナ

ムジャの足元には女の子のお人形がいて、
シクシク泣いていました。
彼女はゴミでもなく、
どこも壊れているようにも見えませんでした。
それなのにどうしてこんなところにいるんだろうと
ムジャは思いました。
「あのぉ、僕はムジャ。君の名前は?」
ムジャはその女の子のお人形に話しかけました。
「私はニーナ。見ての通りのお姫様のお人形よ」
「とってもきれいなドレスも来てるし、
頭に飾ってあるキラキラしたカンムリも素敵だよ、
さすがお姫さまだ」
「これはティアラっていうの。可愛いでしょ」
ニーナは少し微笑んで自慢げに答えました。
「でも君はどこも壊れていないようだし、
どうしてここに来たんだい」
「私も分からない。
デパートのショーウインドウでライトを浴びて
通り行く人に注目されながら立っていたんだけど、
ウインドウの中を入れ替える時に、
違うお人形さんが来たから、
きっと私はもう用が無くなってしまったのよ」
「なんてひどい話だ。
そのウインドウってやつに僕から話してやる」
「ううん違うの。
ウインドウって場所なの。
ウインドウの中を色々着飾って
通りを行く人に見てもらう場所なの。
それで季節ごとに着飾るのを新しくするのよ。
通り行く人たちも
いつも同じウィンドウだと飽きちゃうでしょ。
分かっているけど、とっても悲しいわ」
「それでニーナ、
僕たちはどこに行くか知ってるかい」
「さっきテレビさんが
言ってたことを聞いていたわ」
「どうにかしてここから逃げ出さないと、
僕たちは燃やされちゃうよ」
「でも私たちだけじゃ、どうにも動けないわ」
その時、一陣の風がピュルルーンとトラックの荷台にぶち当たりました。
風の仕業でした。

風に連れられて

ニーナは風の勢いに押されて、
宙に舞い上がると、
隣にいたムジャの中にすっぽり落ちていきました
「ムジャ、遅くなってごめんよ。
公園に行ったら君がいなくてね。
子供たちの話しを聞いて急いで助けに来たよ。
風の便りでね、
君がどこに連れていかれるのか聞いたのさ」
するとムジャは、
「風君ありがとう。
君が来てくれたことでいい事を思いついたよ」
「ニーナ、僕の中にいたままで良いからね」
「えっ、何が始まるの?」
「僕が公園で子供たちと遊んでいたのと同じこと。
しっかり僕に掴まっているんだよ」
ムジャは楽しそうに答えると、
「それじゃ風君よろしく頼むよ」
ムジャがそう言うとクルクルっとした
つむじ風が吹き付けました。
ムジャはタイミングよくつむじ風に乗っかって、
空高く飛び上がりました。
「うぁ、すごい、すごい、
わたし空を飛んでる!」
ニーナが声を高ぶらせて叫びました。
「ねぇニーナ、
遊ぶってとっても楽しいでしょ?」
「遊ぶって楽しいわ。
スポットライトが煌びやかなウインドウより
よっぽど楽しいわ」
ニーナは明るい声で笑いながら言いました。
そうやってムジャとニーナは
見事にトラックの荷台から
逃げ出す事が出来ました。
「さぁムジャ、
このまま公園に戻る事で良いかい」
風が聞きました。
ムジャは困っていました。
公園に戻りたくても、戻ったらまた
ゴミ回収トラックにつかまってしまうだろうし、
どこに行ったら良いのか分かりませんでした。
「なぁ風君よ、もう公園には戻れないよ。
かといってどこに行ったらいいのかも分からない。
どこか安全な場所は無いものかね」
ムジャはそう言って風に相談しました。
風はしばらく考えてから
「うん、いいところがある。
少し遠くになるけど、
あそこなら安全な場所だよ。
君と一緒のプリンセスさんも一緒に行けばいい」
風はそう言って
町はずれにある山の見晴らし台まで
ムジャとニーナを運びました。
「ここなら安全だし、ゴミ回収車も来ない」
風がそう言うと、少し寂しそうにして
「でも子供たちと遊ぶ事もできないかな」
それを聞いてムジャも寂しくなりました。
それからというもの、
ムジャとニーナは山の上に
二人で暮らしていました。
風も毎日遊びに来てくれたので、
子供たちと遊べない寂しさは
紛らわせることが出来ました。

がまんならない話し

ムジャとニーナが山で暮らして
しばらく経ちました。
最近は風が遊びにくるのも減ってきて、
たまに来ても、なんだかどんよりとして、
重たい風が吹いていました。

そんなある日のこと、
風が何やら吹き荒れて、
ムジャのところにやってきました。
目を真っ赤にして怒っている様子です。
風はあらゆる方向に向かって
空をかけめぐっていました。
ピュルーンピュルーン
ゴガーンゴガーン
ブルームブルーム
風は怒りのあまり熱におかされていました。
ムジャは荒れ狂う風の向こうに広がる
町を見下ろしていました。
今となっては懐かしい景色でした。
ムジャが生まれた町。
緑の見える場所は町はずれにある小さな公園。
ムジャが子供達と遊んで、
ニーナと出会った場所。
もう戻る事はできないと分かっていても、
子供たちの事を想って
ムジャは悲しくなりました。
その時、
風がムジャに話しかけてきました。
「なぁムジャ。オレはもうガマンならない。
もう町という場所にはうんざりだ。
こんなにも空をよごしてやりたい放題でしらんぷりだ。
いったいなんだと思っているんだ」
風はビュンビュン吹き荒れながらそう言いました。
「オレは雲にも聞いてみたんだ。雲も怒っていた。
雲は町のせいでなんだか病気になったと言っていた。
だから雨の中に酸が混じってしまうんだって」
風の勢いはどんどんヒートアップして、
渦を巻いて吹いていました。
「オレだっておかしくなってきた。
異常に熱いんだよ。
熱におかされて方向がよく分からないんだ。
全部町のせいだよ。もうガマンの限界だ」
「君もそうだろ? 町で生まれたって言うのに
子供たちと仲良くなれたっていうのに、追い出されちゃって」
確かに風の言うとおりだった。

気が乗らない相談

「そこで君に一つ相談があるんだ。
雲にも言ったけど雲は納得してくれたんだ」
そして風はムジャの耳元でささやきました。
ムジャはそれを聞いて怖くなりました。
とてもじゃないけどその相談にはのれないと思いました。
「僕、それはどうかと思うんだ、だってそれは…、」
「もうそんな事言ってられないんだよ」
風がすかさずムジャの言葉をさえぎりました。
「これはもう決めたことなんだ」
風は強い口調でつづけました。
「それに、君はもうムジャじゃない。
きょうから名前はドンガンだよ。
もう子供たちと遊んでいた時のムジャじゃないんだ。
この町の事は諦めるんだ。
この計画をさかいに、君はドンガンとなって
オレたちと戦ってほしい」
風の声は悔しい思いにあふれていました。
風だってこの町が好きなのをムジャは知っていました。
「いいかいドンガン、
オレは君も友達だと思って話しているんだよ。
どうかお願いだから断らないでくれ」
風がそう言うと、
吹き荒れていた風がピタッと止まってしまいました。

ムジャは山の上でニーナとたたずんでいました。
「どうしたのムジャ、風はなんて言っていたの」
「町に仕返しをするんだって。
とても怖い計画だった。
ねぇニーナ、僕はやっぱりこの町が好きなんだ。
子供たちと遊んでいた公園もあるし。
町は悪いかもしれないけれど、
子供達は悪くないよ」
ムジャはため息まじりに言いました。
「私もこの町から捨てられてしまったけれど、
この町を嫌いになれないの。
今こうしてムジャに出会えたのもこの町だし。
子供達が子供達でなくなっていくと
変わってしまうのよ。
あの作業着の大人たちも
昔はみんな子供だったんだわ」
ニーナが言いました。
「そして町も変わってしまう。
風の言うことは正しいし、大事な友達だ。
けれど僕は協力できない」
とムジャが言うと、町の空の向こうから
怪しげで大きな黒い雲が立ち上がってきました。
その雲は現れたかと思うとあっというまに
町の空をおおってしまいました。

怖い計画

「あっいけない」
その雲を見てムジャは言いました。
「どうしたの」
ニーナは聞きました。
「風と雲が行動に移したらしい」
「どうにかとめられないの」
ニーナは不安そうに言いました。
「僕には何も出来ないよ」
その時、
にわかにあたりで風が吹きはじめました。
「ドンガンよ、
もうオレ達を止めることはできない。
分かるかい?君も必要なんだよ」
「僕にはどうしても、」
とムジャが話し終わらないうちに、
ピュルピュルピューンと
それまでにない大きな風が
ムジャめがけて飛んできました。
ムジャはズズズズズと
山から転がりそうになりましたが、
ぐっとこらえました。
「やめてくれー」
ムジャは叫びましたが、
風には声が届いていないようでした。
さらに大きな風が飛んできました。
「やめてくれ――――――――――――――」
ムジャはもう一度ありったけの声で叫びました。
けれど風は怒りに自分を忘れて
吹き荒れるばかりでした。
そしてムジャめがけて
何度も何度も吹き付けてきました。
そして真っ黒な雲がピカッと光ったかと思うと
ドュルドュルドュルゴゴーン
うなり声みたいな音が空にとどろきました。
辺りは一瞬にして嵐のような
悪天候に変わってしまいました。
「雲と風の仕返しがなんだか分かったわ」
ニーナが言いました。
「とても怖い計画だろ」
ムジャが強い風に飛ばされないように言いました。
「とても怖い計画だわ」
ニーナは震えていました。
「でもニーナ、
僕はもう持ちこたえられそうにないよ。
ニーナお別れだ。
もうこれまでだよ。
僕からおりてくれないか。
君をこの計画に巻き込みたくはないんだ」
「わたしを一人にするつもり?
いつも一緒にいてくれるって言ったじゃない」
ニーナが泣きながら言いました。
「でもこれがどういうことか
分かっているのかい?」
「分かっているわ。
それでもわたしはムジャと一緒にいたいの。
私を救ってくれたあなたから離れたくないの」
「ニーナ。それでいいの? 
本当にそれでいいの?」
「あなたのいない世界なんてつまらないわ」
「それが君の気持ちなんだね、
ありがとうニーナ。僕達はいつまでも一緒だ」
ムジャがそう言うと、
強い風がムジャにむかって吹きつけました。
ムジャは風に抵抗する訳でもなく、
山から勢いよく転げ落ちていきました。

ムジャがドンガンに

ムジャは転がりながら、
それまでにもまして大きくなっていきました。
山にある落ち葉や捨てられた空き缶や
ペットボトルにお菓子の袋やタバコの吸殻を
どんどんどんどん巻き込んで
町に下っていきました。
ムジャはあまりにも大きくなって、
ニーナがどこにいるのかも
見えなくなってしまいました。
もうそこに現れたのは
これまでのムジャではなく、
風が名付けたドンガンになってしまいました。
その時、
辺りの景色が真っ白になるほど
眩しいカミナリがドンガンに落ちました。
ドンガンはカミナリの強い衝撃で
空に投げ出されてしまいました。
そしてカミナリはドンガンに火をおこしました。
ドンガンはあっというまに火に包まれ、
大きな火の玉となりました。
そしてなおも風に押されて
町中に火の粉を散らしながら
転がっていきました。
町のあらゆる所で火の手があがりました。
ドンガンはただ体を風に任せるだけで
抵抗できませんでした。
やがて町中に火が渡り、
ドンガンの体は火に奪われてしまって、
小さくなってしまいましたが、
ニーナとはまだ一緒にいました。
ニーナは火がかからないように少しずつ
ドンガンの真ん中の方に移ってきていたのです。
それでもとうとうニーナの長い髪の毛に
火が移ってしまいました。
「ごめんねニーナ、熱いかい」
ムジャは謝りました。
「全然熱くなんかないわ。
ムジャありがとう。
とっても楽しかった。
あなたに会えて本当に楽しかった」
「お別れみたいなこと言うなよ、
僕達はいつまでも一緒だよ、ニーナ」
「うん、そうだったわ。
最後まで楽しく一緒にいましょうね、
私たちはいつまでも一緒だわ、ムジャ」
ニーナは涙を流しながら笑顔でそう言いました。
ムジャも悲しかったけれど、
ニーナのその言葉に、
心が震えてしまいました。
やがて火が町を包み込むと、
ムジャとニーナはいつしか火の中に
埋もれていってしまいました。

しばらくすると雨が降りはじめ、
雨は町の火を消し去っていきました。
風はやみ、涼しい空気があたりに漂いました。
黒い雲はいずこかに去り、
青い空が広がっていました。
西の空は夕焼けで赤く染まりはじめていました。
町の至る所が真っ黒焦げになりましたが、
よくながめてみると、
町のはじっこの方に
火に焼かれていない場所がありました。

そこは小さな公園でした。

公園の木々は雨にうるおい、
夕日の中で光り輝いていました。

(おしまい)

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