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別れる二人は、恋より熱い、なにか。遺骨と旅するロードムービー「マイ・ブロークン・マリコ」

「どこで聞いた言葉だったかな……染み入る言葉だよな」と唐突に思い出す言葉はないだろうか。座右の銘とまで言わなくとも、質の高いクリエイティブは時間が経ってもジワジワと考え方に影響を及ぼす。

「恋より熱い、なにか」もそんな言葉のひとつである。これは女性が読む青年誌Bridge Comicのコンセプトだ。少女漫画やレディースコミックスの題材は恋愛が多い。それ以上に熱く恋にも似た、しかし恋とは違う、分類の難しい関係がある。

今回取り上げる「マイ・ブロークン・マリコ」は、そんなコンセプトが似合う”なにか”を見事に表現した秀作である。第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞や、このマンガがすごい!2021オンナ編 第4位など各種メディアでも注目を集めた。2022年秋に映画公開が決定している本作を、改めて深く味わってみたい。

あらすじ マイブロークンマリコ/平庫ワカ

パンツスーツ姿でひとりラーメンを啜るOLシイノトモヨが、ダチの死を知ったのは、町中華の平たいテレビからだった。ダチの名前はイカガワマリコ、シイノとは小学生以来の友人だった。先週も遊んだマリコが、死んだ。中学時代に父親から家庭内暴力を受けていたマリコは、骨になってもなお父親の元にいる。シイノは包丁片手に”マリコ”を助け出し、かつて行けなかった海へ、思い出に浮かんだ「まりがおか岬」へと”マリコ”を連れ出す。遺骨を抱え、断片的で体温が伴う記憶を引き摺りながら、海へ向かうシイノとマリコのロードムービー。

マリコはいかにして壊れたか

表題作「マイ・ブロークン・マリコ」と、短編「YISKA」が収められた、全1巻のコミックスである。両作品ともロードムービーと表現することができるだろう。秀逸なポイントと、作者 平庫ワカさんが残してくれた「考える余地」を存分に生かして「アイテムと葬式」について考察してみる。知的遊戯としてご笑納いただければ幸いだ。

さて、「マイ・ブロークン・マリコ」はそのまま和訳すると、「私の壊れたマリコ」となる。物語はマリコが既に壊れきったことから始まる。では、なぜこうなってしまったのか。読者は謎を抱えながら、マリコの遺骨を抱えたシイノとともにまりがおか岬へと旅をする。

この作品で筆者が秀逸だと感じたのは「旅の過程で思い出されるマリコの姿」だ。マリコの姿を思い出した場面をピックアップすると、シイノに思い出されるマリコの姿は、物語が進むにつれて現在に近づいていく。父親からの虐待という原因から、現在の「壊れてしまった」マリコにつながっている。

父親からの虐待を受け、「壊れてしまった」マリコは一方的な可哀想な子ではない。シイノが思い出すマリコは、正直シイノへの好意が重たい、面倒臭い一面がある。シイノは手紙を盗られ、情けでもらった金で酒を飲んだシーンで次のように叫んでいる。

「こうしてる間にもどんどんあのコの記憶が薄れてくんだよ」
「きれいなあのコしか思い出さなくなる……」
「あたしッ 何度もあのコのことめんどくせー女って…!思ったのにさあ……っ」

生前はめんどくせーと思っていたマリコも、死んでしまうと「きれいな」姿しか思い出さなくなってしまう。手紙や、遺骨といったアイテムものがなければ、思い出せなくなってしまう記憶がある。

アイテムと葬式と”綺麗な思い出”

ところで、小学校国語の授業で読んだ重松清の「タオル」を覚えているだろうか。主人公の少年が祖父の死に際して、祖父の「タオル」を通して祖父の死を実感していく物語である。慌ただしい大人たちを見て、葬式を体感できなかった少年にはタオルを通して祖父に思いを馳せることが、死を受け入れる重要な機会になった。葬式は生きている者が、死者を「きれいな思い出」とするための儀式といえるでのはないだろうか。

「マイ・ブロークン・マリコ」でも、マリコの葬儀の場面は表現されない。手紙、遺骨を手に入れ、マリコとの記憶を染み付かせたシイノ自身もマリコを思い出すための装置を言えるだろう。そして、シイノはその全てを手放す。手紙は盗られ、遺骨をばら撒き、シイノ自身も海に身を投げ出す。(最終的に手紙は手元に戻るが……) アイテムを清算することで、マリコを「きれいな思い出」として、シイノは日常に戻る。

この物語は、シイノ(生者)のためにマリコ(死者)を「キレイな思い出」にしていくという文脈が確実に存在する。そう読んだ。シイノが戻った日常には、やっぱりクソ上司はいるかもしれない。けれど、旅以前とははっきり何かが異なるはずだ。希望を言うなら、きっと良い方になっているだろう。

”恋より熱い、なにか”とはなんだ?

と、ここまで書いてきたが、作者の平庫ワカさんはインタビューで執筆のきっかけに「虐待サバイバー」の存在をあげている。

「虐待」は現在の問題であり、虐待サバイバーの人生を「きれいな思い出」とすることは、作者の望むところではないだろう。マリコとシイノの関係は、亡くなった虐待サバイバーとその友達というだけではない。本作品が掲載された、Bridgw Comicはコンセプトに「恋より熱い、なにか。女性が読む青年誌」を掲げている。マリコとシイノの関係は、友人というよりは恋、いや恋より熱い、なにか、だろう。

別れが増える季節になってきた。死別とはいかないが、涙が出るような決別もあるだろう。そんなノスタルジーなひとときに読みたい、読み返したい名作であることは間違いない。おっと、未読ですか。そうですか、読んだら教えてください。そして語らせてください。

ここまで読んでくださった方の、人生をちょこっと変える”トリガー”になる漫画を紹介できていればこれ以上嬉しいことはない。

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