あなたの幸せを祈り続ける

颯介と出会ったのは17年前の春先。
彼との恋があったから私は夫と結婚することを決めた。

颯介はアルバイト先の社員だった。
初めて見た時から「かっこいいな」と思っていて、私からなんだかんだとちょっかいをかけ(笑)、付き合うことになった。

別れたのは付き合ってからちょうど1年が経ってから。
きっかけは些細なことだったけれど、その数ヵ月前から私の中では颯介との別れがカウントダウンされていた。
当時の私は妙齢ということもあり、結婚がしたかった。颯介だからそうしたかったわけではなく、そういう年齢だったからしたかっただけのこと。
そういう私の邪念?に気づいてか、彼はのんびりと返事をかわしてきた。
そして、やっぱり桜が咲く頃、待てなくなった私は全ての連絡手段を遮断するという非情な形で別れを告げた。
つまり、さよならすら言わなかった。

彼から愛されていることはわかっていた。
それが特に感じられたのは、彼から別れのメールを貰った時。


「美聡、幸せになってね」。


この言葉がどれほどの重みを持っているかは、彼と過ごした1年間を知ってる私しかわからないだろう。

颯介が結婚をしなかったのは、1つは私に問題があったからだと思う。性格的なものね(笑)。
結婚したくて仕方なかった私は、「フーテンの寅さん」みたいな颯介の生き方を、なんとか私が求めるレベルまで上げることに必死だった。
当時の口癖は「頑張ろう」。
ずっとそれしか言ってなかった気がする。
そしていつの間にか、言ってる私も言われる彼もその言葉の圧に疲れてしまっていた。


どうしてもっと自由に、そのままの彼を受け入れられなかったのだろう。


彼が私との結婚を選ばなかった理由がもう1つある。それは精神を病んだ彼の姉の存在だ。
高学歴でハイキャリアを進むはずだったお姉さんは、ある日、おかしくなってしまったらしい。
家族間がそんなに密ではなかった颯介は、どうしてお姉さんがそうなったのか知らなかった。ただ、ひたすらに親に迷惑をかける姉のことを嫌っていた。
別れるすこし前に、どうして私と結婚できないのか本音を知りたいと迫ったことがある。颯介は「姉のことがあって、俺は多分一生結婚できないだろうと思ってる」と言われた。
もちろん、それだけじゃなく、そういう彼の気持ちを慮れなかった私の性格も影響しているはずだけどね。

私を抱きしめる腕の力や、私のことをもっと知りたいと言ってくれたこと、最後の優しい言葉。
彼は私が思っていた以上に私を理解しようと努めていた。それに気づくのが遅かった。
私は颯介の足りないところばかりを見てきたんだと、初めて恋愛において後悔をした。

別れてからも2ヶ月ぐらいはたまに会っていた。
でも、ある土曜日の昼下がり、会う約束をしていた私は突然、もう彼と会うことをやめた。
会いたい気持ちがなくなったから。
嫌いになったとかではなく、もう、ヨリを戻すことはないだろうし、彼もそれを希望しているわけでもないと感じた。
私たちは別の誰かと出会うためにもう会わない方が良いと察した。

今年で颯介と別れて17回めの春を迎える。
桜を見ると彼のことをいつも思い出す。颯介は桜が咲く季節に生まれた人だった。

最後に連絡を取った時、彼は地元の福島に帰ると言っていた。「でも、またいずれ東京に出ていきたい」とも話していたけれど、その後、彼がどこでどうしているかは知る由もない。
結婚するまでは数年に1度、SNSで彼の名前を検索していたけれど、颯介の性格上、ああいうのは面倒がってしていないだろうと思う。検索しても出てこなかったし。

私は惚れっぽいし、わりとモテる方なので恋人に不自由したことがない。
「彼氏を作ろう」と行動を始めたら大体2ヶ月後にはそれなりの男を捕まえることができた。
いろんなタイプの恋をしてきたけれど、恋愛において後悔をしたのは颯介だけ。
彼へ謝りたい気持ちが強いからだろう。


どうしてもっと寄り添えなかったんだろう。
どうして彼を認めてあげなかったんだろう。
どうしてもっと、自由に気楽にただ一緒にいられる代わり映えしない日々を大切にしなかったんだろう。


どうして彼が私を大切にしてくれていることに気づけなかったのか。


私と付き合って颯介は傷ついたんじゃないかと思うと、17年経った今でも申し訳なさで心が重くなる。
彼と付き合い別れたことで、自分を本気で思ってくれる人と別れた時に、その後の長い間後悔をするのはふられた彼ではなくふった自分だと気づくことになる。その理由は明白だ。


ふられた方は新たに愛する人を見つければすむ。
ふった方は自分を愛してくれた人を失うからだ。


大人になるにつれ、愛されることの難しさを痛感する。
尊さは愛することの方だと信じているけれど、自分を愛してくれる人を失うダメージは計り知れない。

夫と出会った時、性格が颯介と似ていると感じた。
夫も気の強い、癖のある私を不思議ととても愛してくれている。
結婚前に大きな喧嘩をして別れを決めようと考えた時、颯介を思い出した。
「二の舞は踏めない」と考え直した結果、私は夫と結婚し、子どもを2人ももうけ、よくケンカもするけれど幸せだ。

結婚する時に、どうしても行っておきたい場所があった。
そこは颯介が以前住んでいたアパートの近くにある公園。私と彼が初めてデートをした場所だ。
あの時も再来した時も、大きな桜の木から花びらが風に舞ってとても美しかった。
彼が住んでいたアパートを見てみたかったけど、時が経ちすぎて道を覚えていなかった(笑)。
十年一昔と言うけれど、ほんとその通り。

颯介には私以上に幸せでいてほしい。
もしいつか、どこかで偶然の再会をした時は「美聡と別れて良かったよ(笑)」と笑いながら言ってほしい。そして奥さんと子どもの自慢をしてほしい。

彼が生まれた季節は必ず颯介の幸せを願う。
「愛してくれてありがとう」と言えなかったほろ苦さを噛み締めながら。

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