飴、食べる?

「ようやく梅雨明けやってー」
知美がスマホを見ながら、ぽつりとつぶやいた。

「なんか、いまさらじゃない? 今年ぜーんぜん雨降ってへんやん。水足りひん! とかなりそうやね」
私は、7月半ばとはいえ、もうさんざんな暑さにすでに夏バテ気味だった。

「試験終わったら、かき氷食べに行かへん? この前テレビでやっててなー。めっちゃおいしそうやってん」
ちょっと待って、見せたげる、と言いながら知美はスマホをいじる。めっちゃおいしそう、なかき氷の画像を探しているのだろう。

「かき氷なぁ。美味しいけど、うち知覚過敏やから歯にしみるねんなあ……」
「千恵ちゃん、何おばあちゃんみたいなこと言うてんの! ほら、ココ! 奈良やねんけど。めっちゃおいしそうやろー!」

知美は私にスマホの画面を見せてくる。
ガラスの器から、こぼれおちてしまいそうな程に盛り付けられたかき氷は魅力的だった。
キラキラと輝くシロップと盛りだくさんのフルーツ。
「うわ、ほんまや。おいしそうやねぇ」
思わず私も、うっとりと画面を見ながらため息交じりでつぶやいた。

「なー! 行こう行こう! 奈良なんか、近鉄電車のったら、すぐやし」
知美はかなり、行く気満々だ。いや、私の気が変わらないうちに「行く」と言わせたいのかもしれない。

「うーん。でも、うちはかき氷は宇治金時って決めてるからなぁ……。なんやかんや言うても、宇治金時が一番美味しいって」
「またでた! 千恵ちゃんの抹茶味贔屓! おいしいけどさー、たまには違うの食べてみいひん?」
「奈良まで行かんでもいいやんかー。宇治のほうが近いし。なんなら四条通りの虎屋でもいいわー」

私がしつこく宇治金時を押すので、知美は少しいらいらしているみたい。その証拠に、くちびるをすこし尖がらせている。
「あ、じゃあ、宇治金時も食べに行って、ほんで奈良にも行こう!」
あんまり意地悪するのも良くないし、インスタ映えもしそうだから、ま、いいかと思いなおす。奈良で宇治金時を食べればいいのだから。私の提案に、知美はガッツポーズをして「千恵ちゃんに、勝ったー!」とおおげさだ。

そばで見ていた涼子ちゃんがクスクスと笑っている。
「涼子ちゃんも一緒にいくー? あ、それかおすすめのかき氷屋さん、知ってる?」
知美が何の気なしに、涼子ちゃんを誘う。
涼子ちゃんは、スラリと痩せていて、色も白い。日焼け止め、何を使ってるのかを聞いて見ても「わたし、日焼しーひんから」とにっこり笑う。汗なんてかいているとこも見たことなくて、「涼子ちゃんは名前のとおり、涼しげやねぇ」と言っていた。

「涼子ちゃんは、涼しさを求めてかき氷なんか食べへんのちゃう?」
わたしは涼子ちゃんが、かき氷を食べている姿をなぜか想像できなかった。
「うーん、そうやね。かき氷って、食べたことないかも知れへん」
涼子ちゃんはそう言って、少し困ったような顔をしていた。
「えーっ! じゃあ、涼子ちゃんの夏のお菓子ってなにー?」
知美は気になったらしく、前のめりになって質問する。
涼子ちゃんは、少し斜め上をみて考えから、あ、あれかな? と言った。
「飴、かな」

涼子ちゃんの思いがけない回答に、わたしも知美もずっこける。
「なんで飴? 夏は溶けてしまいそうやわー。ミントキャンディ、とか?」
夏に食べる飴って何だろう? わたしは気になって、聞いてみる。

「ううん。あのね、幽霊子育飴っていうの。知らん?」
怪談話でもはじめたのか、というようなネーミングのお菓子だ。
「知らん! なにそれ、怖いー」
知美は、あきらかにびびっている。わたしの二の腕をぎゅっと掴んでくる。
「えーっとな、昔、女の人が亡くなられて。埋葬されたんやけど。数日後にそのあたりから子供の泣き声が聞こえてきたんやて」
あきらかに怪談話だ。わたしも知美も、ゴクリとつばを飲み込む。
「ちょうど同じころに、毎晩飴を買いにくる女の人がいて、不審に思ったお店の人が後をつけてみた。すると、埋葬された場所で女の人はすっと消えて、また泣き声が聞こえてくる。泣き声のあたりを掘ってみると、埋葬された女の人が産んだと思われる赤ん坊が泣いてたんやって。女の人はそれっきり飴を買いに来なくなったんやって。で、その飴を幽霊子育飴って言うねん」
涼子ちゃんは、そう言って、またにっこりと笑った。
わたしも知美も「なにそれ、怖いー」と口ぐちに言い合った。
「でもなんで、夏のお菓子なん? 怪談っぽいから?」

わたしは気になって、たずねる。
すると涼子ちゃんは、ううん、といって首を横にふった。
「なんかな、懐かしい味がするから。暑い夜に、ひとりぼっちで寂しくて。泣いてる時に『もう、大丈夫。ないたらあかんよ』って、女の人から飴をもらった記憶があってな。その人が誰かは全然思い出せないんやけど。でも、その飴を食べると安心して泣きやんだのを覚えてるの。この飴の、味が同じような気がしてな。夏になると、舐めたくなるねん。知美ちゃんも千恵ちゃんも、食べる?」
涼子ちゃんはそう言いながら、カバンの中をごそごそと探していた。
わたしの背筋には、冷たい汗が流れ落ちた。

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