業務用の冷蔵庫

「剛くんは、今どんな仕事してるんだっけ?」

久しぶりに集まった大学の時のサークル仲間。
全部で20人くらいの飲み会になり、みな思い思いに話している。

お店もガヤガヤと賑やかで、大きな声を出さないと、お互いに何を話しているのか聞き取りづらい。初めのうちは、頑張って声を出していたけれど、早々に疲れてしまう。
そのために私は、となりに座っていた剛くんとばかり話していた。

「いろいろ転職したんだけどねー」
頭をボリボリと掻きながら、剛くんは少し困った顔で話し出す。剛くんは、大学時代から優しくて人気者ではあった。けれど、ちょっと気が弱いこともあって、あまり自己主張できないタイプだった。

「いまは、業務用冷蔵庫の営業してるんだよね」
「えっ! 剛くん、営業なの?」
私はかなりびっくりした。
押しが弱いのに、営業なんてできるのだろうか? いや、バカにしている訳じゃあない。だけど、大学のときですら、新聞の勧誘を断れなくて二社も契約していたし、なんか怪しい勧誘にも巻き込まれそうになっていたのだ。
「営業しに行った先で、逆に何か売りつけられたりしてない?」
私は心配そうな表情で剛くんに訊ねる。
剛くんは、へへっと笑いながら、
「いや、それがねー。今のところは結構うまくやってるんだよ」
と嬉しそうに応えて、生ビールをぐびっと飲む。

そうなんだ。ちょっとホッとした。
剛くんの困っている姿が簡単に想像できたのだけど。良い意味で予想を裏切ってくれた。

「冷蔵庫の営業って、飲食店とか?」
わたしも梅酒ソーダ割りをひとくち含み、唐揚げを皿に取りながら質問する。

「うん。そうそう。あ、でもオレの担当は違くて。主に、病院とか」
ちょっと話しにくいのか、肩をすぼめながら剛くんは話す。
「病院? 病院の調理場ってこと?」
「ううん……」
剛くんは、少し口ごもっていて、話すどうか迷っているようだった。だけど、私は気になってしまい、ねー、教えてよーと聞き出そうとした。

「いや、実はオレが取り扱ってるのは『遺体保管用』の冷蔵庫なんだよ」
剛くんは、私にだけ聞かせるように、耳元でコソッと打ち明ける。

耳にソワッとかかった息づかいと、遺体保管用という言葉の両方に、私の背筋はザワリとした。

だけど、聞き慣れない単語の意味を、もう少し聞いてみたいという好奇心も同時にぴょこんと顔を出した。

「それって、亡くなれた方を病院に置いておくっていうためのものなの?」
剛くんは、この話はもう終わるだろうと思っていたようだった。けれど、私が気味悪がらずに聞いてきたことにホッとた表情を見せた。

「うん。置いておくって言っても、いろいろなパターンがあるんだけどね」
そう言って、剛くんは、また中ジョッキを口に運んだ。
「例えば、検体って言って、亡くなられた方を医学生の解剖実習に使うために保管したりとか、葬儀場に引き渡す前に一時的に、とかね」

大きな病院だと、だいたいどこでも設置されてると思うよ、と剛くんは続けた。

「ふーん。なんか、特別に怖く考える事もないんだねー」
私はちょっと、拍子抜けした。

だけど、剛くんは少し眉をひそめて、こう言った。
「いや、でもね……。病院以外にも、取引先があってね。そこは、今度初めて挨拶に行くんだけど……。あんまり、良い噂を聞かないんだよね」
「えっ? どんな?」
「なんかさ、大きなお屋敷なんだけどね。担当になった人は、いつも辞めちゃうんだよね。理由は、わからないんだけど……」
剛くんは、ちょっと不安の色を滲ませながら、ボソボソと話した。
「でも、冷蔵庫は買ってくれるの?」
「そう。でもさ、コンスタントに冷蔵庫を増やしていく意味って、何だと思う? 故障して買い換えるならさ、まだ何となくわかるんだけど……」

私は、ズラリと並んだ冷蔵庫の中を想像してしまい、肌がザワリとあわだった。

「……まあ、でも取引が続いてるってことはさ。ヤバい人じゃないんでしょ? たぶん」
私は無理やり明るい声を出して、自分の頭に浮かんだ想像をかき消した。

「......そう、だよね? 考えすぎかな?」
剛くんも、自分に言い聞かせるかのように、私の言葉に同意した。

その後は、仕事の話には触れず、他愛の無い話ばかりをした。
私も、剛くんも、薄気味悪い気持ちは見てみぬふりをし続けた。


飲み会から1カ月後。
私は剛くんから送られてきたメールを開いてみた。そこには、こう書かれていた。

「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」

私はサアッと、血の気が引いた。
メールは、すぐに削除した。

その後、サークルの友達に聞いてみても、剛くんとはパッタリと連絡を取れなくなっていた。

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