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高校生活は楽しかった。けれど…。〜食べても太らないカラダがほしい5〜

前回のお話はこちら クラスメイトとは呼べない人たち~食べても太らないカラダがほしい4~

お世辞でも「たのしかった」とは言えない、中学三年生のころ。

静かに息をひそめて、このイヤな時間さえ過ぎ去ってくれれば。そんな風にも思っていた。学校に行くのは苦しかったけれど、休むこともできなかった。学校を休むと、自分自身で「病気だ」と認めたことになると思っていた。「ちょっとごはんを食べないくらいで、学校には何ひとつ問題なくいける」という態度を貫いた。学校を休んで、病院に連れて行かれる方が、怖かった。

中二の夏頃から発症した拒食症は、中三の夏になると少しづつ落ち着きはじめた。食事を食べられない日々は続いていた。けれど、意固地になって「ひとくも食べるもんか。だって、そのひとくちがブタの元だから」とまでは思わなくなっていた。

一応食べる。でも、たくさんは食べられない。痩せて、死なない程度には食事を口にする、といった具合だった。

これ以上体重が減らないように、という程度の食事を続けながら、私は高校受験に挑むことになった。

私が行きたいと思った高校は、公立だけど、割と自由な校風で知られていた。また、私が通っていた中学校からは合計で十人くらいしか、その高校には進学しないというのが、とてもとても魅力的だった。

高校受験のための、担任との面談で「いまの学力なら、この高校への進学はまったく問題ない」と言われて心底ホッとした。

進学のための面談はあっという間に終わった。けれど、時間を持て余した担任が、私にこう言ったのを覚えている。

「中学生活でどんどん太っていった子は何人も見たことがある。でも、君みたいに急激にやせてしまった子は今まで見たことがない。なにか、悩みがあると思うけれど、僕にはどうして良いかわからない」

私はその担任に申し訳ない気持ちにもなった。担任の先生が悩んだところで、私の悩みはなにひとつ解決しない。クラスで孤立しているのを担任は気に病んでいたのかもしれないけれど、それは痩せた原因の根本的なことじゃない。

「はあ……。すみません」としか、私は返答できなかった。ただ、「力になるよ」とか「僕は君の味方だよ」とか「悩んでることを話してみて」なんて言われなくてよかったと思う。担任に言って解決するくらいの悩みなら、とっくに解決している。申し訳ないけれど、自分でも、過激なダイエットが原因で痩せはじめたのは事実だ。けれど、食べるのが怖い、とか太りたくないという気持ちはダイエットを始めたころとは変わってきていたし、言葉で説明できるものでもなかった。


そうして、私は中学を卒業した。あのバカげた高校に進学することよりも、あのバカげたクラスから解放されたことが嬉しくてしかたなかった。

高校の制服の採寸時に「いやあ、めっちゃ細いねえ」と採寸係のおばちゃんに言われて、恥ずかしかった。「たぶんちょっと太ると思うので、大きめに作ってください」と小声で言っているつもりの母の声は全部聞こえていた。太りたくはないけれど、30キロ台前半の体重でずっといるのはしんどいなあとも思った。

高校生になって、私はかなり解放された気持ちになった。

「クラスメイト」と呼べる友人もできた。中学三年の同じクラスの子は、誰ひとり同じ高校へは進学していなかった。同じ中学の子達は、私がやせてようが何だろうが特に気にしない、という素振りをしてくれた。

高校一、二年のころは本当に楽しく過ごしていた。

もちろん、食事に対する恐怖感みたいなものもあったし、太りたくないという気持ちも強かった。けれど、その高校には本当にいろんな人がいた。

不良とか、ヤンキーという言葉でひとくくりにできる人はいなかった。

どちらかと言えば「わたしは、わたしの好きなようにやる」というタイプの人が多いように感じられた。真面目そうな子も、髪をピンクに染めている子も、モデルみたいにかわいい子も、ドレッドヘアーの子もいた。ギャルっぽい子もいたし、自分で洋服をアレンジしている子もいた。とにかくもう、いろんな人がいて、「ちょっとやせてる」くらいでは、個性ですらなかった。

苦手だな、と思う子はもちろんいた。

けれど積極的に関わらなければ何もトラブルは起きない。みんなバイトしたり、部活に励んだり、恋をしたり。自分の周りにある楽しいことに目を向けている人が多かった。いじめ、というほどの深刻なものも、表面的には見つけられなかった。おとなしくていじられる、というのは、それなりにあった。けれど、そういうのは「ダサい」という印象もあった。仲良くできない人とはそもそも付き合わなければ良いんじゃない? というスタンスの人が多かった。

高校生活は、楽しかった。

ただ、中学生のときに止また生理は止まり続けていた。夏のプールの授業も、一回も休むことがなかった。体育教師には「生理、止まってるんか?」と、心配されたりもしたけれど、その教師も説教じみたことは何も言わなかった。

生理が止まり続けていたので、ホルモン治療をするか病院で相談したこともあった。けれど、「まだ若いし、少し体重が戻ってくれば、また生理もはじまりますよ」と病院の先生に言われたこともあり、特に治療をすることはなかった。体重は少しづつ戻ってきていたけれど、それでも40キロ程度だった。

物理的に身体が軽かったため、自宅の周りを走って校内のマラソン大会にむけて自主トレしたり、華道部に入部して、週に一回放課後にだらだらと話したりもした。

楽しい高校生活だったけれど、やっぱり「嫌われたくない」という気持ちが大きかったのも事実だ。余計なひとことを言わないようにしなきゃ、とか、「バカバカしい」と思っても、思うだけにして口には出さないようにしたり、気をつけるようになった。もしかしたら表情には現れていたかもしれないけれど。

だけど、楽しい時間は、あっという間に過ぎ去ってしまう。

高校三年生になり、大学受験へのプレッシャーがのしかかってくると、私はまたストレスを抱え込むようになっていった。

しかし、今回は「食べて、ストレス発散する」という方向に向かっていった。

過食症、と呼ばれる摂食障害の症状のひとつだった。


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