『夏への扉』チベット編最終話
チベット・インド旅行記
#28,ネパール
【前回までのあらすじ】過酷なチベット高原の旅もようやく終わりを迎え、旅は次の目的地ネパールへと進む。
「ユーキ、起きて、出発の時間だよ」
チンゴンに揺り起こされ目を覚ました。
ここはチベット~ネパールのボーダーの町、ダムのゲストハウス。
ここから国境までは徒歩数分の距離、いよいよ国境越えが近づく。
チンゴンもマリカも、他のツーリストたちも出発の準備をすでに終えているようだ。
慌てて荷物を整え検問へと向かった。
昨晩は気が付かなかったが、ダムは山の斜面に細長くへばりついた町で、見渡す限りの山々には緑の木々がブロッコリーのように茂っている。
標高が下りて木々が育つようになったのだろう、心なしか差し込む日差しも柔らかい。
いよいよチベットともお別れだ。
検問でパスポートにスタンプをもらうと、次はネパールサイドの検問までジープで移動。
自衛隊が乗るような迷彩色の幌付きジープの後部座席に乗り込み、山道を下った。
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山の中はまるで緑のトンネルで、木々から差し込む光のプリズムがキラキラと輝き、セミたちの大合唱が大音量で響いている。
大きく鼻から息を吸い込むと、たっぷりと酸素の詰まったみずみずしい空気が毛細血管を通って身体中に染み渡る。
今、まさに国境が変わった。
そんな感覚が身体の底から湧いてきた。
ネパールサイドの検問でも、入国手続きはパスポートにスタンプを押すだけ。
拍子抜けでゲートを潜ると、広場ではチンゴンとマリカが手を振っている。
思わず駆け出して気付く。
山と山に挟まった青空にぽっかり浮かんだ入道雲。
夏はそこで待っていた。
寒い寒い冬の間もずっと。
季節は巻き戻り、今もう一度夏への扉が開く。
しばし空を見上げて立ち尽くしている私を見てマリカが笑いながら言った。
「もう、ユーキは一体いつまで冬の格好してるのよ。
見てるこっちが汗かきそうじゃない」
言われて自分を見ると、厚手の冬着を羽織ってジャングルに立ち尽くす滑稽な旅人の姿。
チンゴンもマリカも、私も笑った。
誰もが夏の再来を喜んでいる、そんな感じがした。
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チンゴンとマリカの勧めで、国境からは温泉の村タトパニへ向かう事にした。
タトパニまでは歩いていけると聞いていたので、タクシー代をケチって山道を歩き出すと、後ろから乗り合いバスがやってきて、
「荷台の上だったら5ルピー(約8円)で乗せてやるよ」というので、喜んで荷台によじ登る。
バスは風を切って進む。
通り過ぎていく木々の緑、柔らかな日差し。
谷間には清流が水飛沫を上げながら流れ、遠くの山の斜面には棚田が並んでいる。
ネパールを旅する時、旅人は古き良き日本の風景を心に重ね懐かしむのだそうだ。
そんな話をかつてどこかの安宿で聞いた気がする。
目を閉じてしばし漂う、心の中にある故郷。
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タトパニの村は谷川のほとりに木造の小屋が建ち並ぶのどかな村で、泥だらけの地面では餌を探してニワトリたちが歩き回り、市場にはマンゴーやパパイヤが並び、道端では床屋に髭を剃られながら、おっちゃんが気持ち用さそうに昼寝をしている。
肝心の温泉はというと、残念ながら湯船は無く、谷川の岸壁に取り付けられたマーライオンのような彫像の口から、ぬるま湯がドバドバと吹き出しているだけの「打たせ湯スタイル」。
男湯も女湯もなく、地元の若者もおっちゃんもおばちゃんも、Tシャツ姿でダバダバと気持ち良さそうに滝に打たれている。
のんびり湯船に浸かるのを密かな楽しみにしていた私だが、それでもお湯は温かく鉄分たっぷりで、体をゴシゴシ洗っている内に過酷なチベットの疲れも流れて落ちていった。
風呂から上がり、村のロッジに宿をとる。
明日はいよいよネパールの首都カトマンズだ。
どこからともなく聞こえてくる虫たちの鳴き声を聴きながら、そっと目を閉じる。
街から街へ、季節から季節へ、旅はどこまでも続いていく。
チベット・インド旅行記
チベット編おしまい
⇨ネパール編へと続く
【チベット・インド旅行記】#29,カトマンドゥ編はこちら!
【チベット・インド旅行記】#27,国境へ③はこちら!
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日本から出発したこの旅も、気がつけばヒマラヤ山脈を越え、遠く遠くの地までやってきました。
チベット・インド旅行記は次章「ネパール編」執筆の為、しばらくお休みをいただきます。
ネパール編も旅情溢れるエピソードや、心に染みる情景が目白押し!
連載再開まで楽しみにお待ちくださいませ^^
次週からはいよいよ出発が近づく
「タイ旅」の集中連載を開始します!
世界を変える大冒険に、さぁ一緒に出かけましょう!!
いつもまえだゆうきのエッセイをお読み頂きありがとうございます^^
これからもどうぞよろしくお願いいたします!
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