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人は何故旅をするのだろうか

チベット・インド旅行記
#32,ポカラ②

【前回までのあらすじ】日本、韓国、中国、チベットと旅を続けてきた19才無職のまえだゆうきは、長旅で目的を見失い、怠惰な生活を送っていた。

2004年11月16日。
ネパール、ポカラ、レイクサイドゲストハウス、朝8時起床。

確か昨日の夜は20時に寝たはずだったが。何故ゆえにこんなに寝てしまうのだろうか旅の日々…。

とはいえ、目覚めてしまえば今日のやるべき事はもう終わり。
今日もまたアテのない1日が始まる。

朝っぱらからゲストハウスのベンチでだらだらギターを弾いていたら、レストランの客引きの男がやって来て、「まぁ、チーヤ(チャイ)でも」。と勧めて来たので、誘われるがままに「まぁ、チーヤでも」。

そのままレストランで泥臭いフライドフィッシュとチーヤをすすりながらぼんやりしていると、向かいの床屋でおっちゃんが気持ちよさそうに髭を剃られている。


せっかくなのでと床屋で髪の毛を剃ってもらうと、いつの間にか肩もみ、頭もみ、マッサージが始まり700ルピー(約1120円)要求される。

流石に少し怒り立ち去ろうとすると、するすると値段が下がり200ルピーに。


まぁ、一応マッサージされた事は事実だしな。と、100ルピー札を置いて店を出る。
(40ルピーあれば十分散髪は出来ます)


まったく、おちおち床屋で散髪も出来ない。

 

床屋で散髪を終えたあとは、湖のそばに店を構える馴染みのカシミヤ屋を訪ねる。

店主のインド人は暇そうに新聞を読んでいたが、私の姿を見るとニヤリと笑って店の奥からチェス盤を出してきた。

お互い時間だけはたっぷりあるので、出前で頼んだ生姜たっぷりのチーヤ(チャイ)をすすりながらチェスを楽しむ。


額にティカ(赤い印)の入った初老のインド人店主はチェスがめっぽう強く、どうやっても歯が立たない。

長考を重ねる私をよそに、スルヤ(インド製のタバコ)を吹かしながら、カシミヤの話を取り留めもなく喋り出す。


カシミヤは真贋の区別が付きにくい、大抵は他の地方で作られた偽物だ。ちゃんとしたカシミール産のヤギの毛は匂いや手触り、保湿性が違うから分かる。(カシミール地方はインドとパキスタン国境付近に広がる山岳地帯だ)

あとは刺繍の美しさ。刺繍の模様にしっかりとニードルの返しが入っているかどうかも大事なポイントだ。カシミール、ラダック地方の遊牧民は好んでダライ・ラマの模様を入れる事があるから、そこも見るようにしている。

などなど。


そして、本日のチェスの最後の一戦で、おじさんとカシミヤのスカーフをかけて勝負に挑んだ。


もちろん結果は惨敗。おじさんの勧めで黒地に花柄のニードルステッチの入ったスカーフを一枚購入した。(1500ルピー、約2400円)


去り際、前にツーリストのイスラエル人女性とチェスの勝負に勝ってベッドインした事もあるよ。と店主はニヤリと笑った。
 


そうしてのどかな湖畔の道を散策していると、通りの向こうから見覚えのある日本人旅行者の姿。ラサのヤクホテルで同室だったカズさんだ。(バックパッカーをしているとこういう事が本当によくある)


再会の挨拶もほどほどに、立ち話もなんだからと、カズさんがステイしているロンリーゲストハウスに遊びにいく事にした。


ロンリーゲストハウスは、湖からちょっと離れたところにある典型的な日本人旅行者の溜まり場ゲストハウスだ。

ロビーに入ってすぐにはソファーに座ってタバコが吸える共用スペースがあり、旅人たちの手垢にまみれた日本語の文庫本やガイドブック、漫画本がぎっしりと本棚に詰められている。

ここで日本人旅行者同士、旅の情報交換や、旅の思い出話を語り合ったりするのだろう。


ロビーを抜け、ギシギシと音を立てて鳴る木製の階段を登り、2階の一室に招かれた。


カズさんの部屋は、長期旅行者らしい、いい感じの散らかり具合だった。
乱雑に積み上げられたCDケースの山、ガイドブック、小説、漫画、くしゃくしゃに丸まった衣類、水パイプと巻きタバコ。

ここが高円寺のアパートです、と言われても信じてしまいそうなぐらいだ。

 
 
カズさんは早速お気に入りのCDをラジカセにセットし、私に紅茶を淹れてくれた。

そしてカズさんと2人、お互いの旅の武勇伝や、日本の思い出話に花を咲かせた。


カズさんは、パキスタンのイスラマバードの路地裏で銃を突きつけられた話。カオサンロードでおカマを掘られそうになった話を、私も韓国や中国での旅の思い出を話しながら、不意にラサで会った小林さんの事を思い出した。


好きになった子に振られ、インドへと旅だった冴えない40代の小林さん。
今も元気しているだろうか…。


それから2人でポカラの街に繰り出し、湖の日本食レストラン「古都」で豪勢な夕食を食べた。

ふっくら甘みの効いた酢飯で握ったサーモン寿司、喉ごしのよいざる蕎麦、出汁の効いたお吸い物、ジュワッとかえしが染み込んだ揚げ出し豆腐、そして菜の花の辛子和え。
(2人で1500ルピー、約2400円)


お腹いっぱい美味しいものを食べ、上機嫌で帰る真夜中の0時。



カズさんと「また明日会いましょう」「また明日遊ぼう」と別れ、ひとりゲストハウスまでの道を歩いた。


満点の星空、ヒマラヤから降りてくるひんやりとした夜風、道端で寝そべる牛。



なぜだろう、1人になった途端さっきまでの楽しかった気持ちが風船のように萎み、寂しさが胸の内から込み上げてきた。


毎日好きな時間に起きて、気ままに1日を過ごし、気の合う日本人旅行者と学生のように盛り上がる毎日。

そんな快適でストレスフリーで楽ちんな毎日は、ふわふわして、夢のようで、確かに甘い魅力に溢れてはいるのだけれど。
 


果たしてそれは私がやりたかった事なのだろうか。
私は何のために日本を出て来たのだろうか。
…未だそれは分からない。



私は結局、カズさんには別れを告げず、次の日の朝、荷物をまとめてインドの国境に向かった。
 

⇨インド国境編へと続く


【チベット・インド旅行記】#33,インド国境編はこちら!

【チベット・インド旅行記】#31,ポカラ編①はこちら!


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