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少年の涙

男の子が泣きながらこちらに向かって歩いてくる。
京都の伏見稲荷大社はオフシーズンに入っているが、まだ沢山の観光客がいる。
しかし男の子の周りに大人はいない。
少し上向き加減で、目を左腕でこすりながら、ひくひくと声を上げている。

その日のツアーも終盤で内心ホッとしていた時の出来事だった。
この子絶対迷子だ・・と私は確信して男の子の方に走っていき、声をかけた。
「どこではぐれたの?」「誰と来たの?」「国はどこ?」とりあえず英語で質問したが、英語が通じるのかは分からない。
言語の問題もあるが、いま男の子は異国で家族とはぐれたという恐怖のどん底にいて、パニックで答えられないのかも知れない。
今が彼にとって人生最悪の状況かもしれない。
そう考えた私は、できるだけ不安を取り除きながらコミュニケーションしようと思った。
この時ふと頭をよぎる。
我が子が外国で迷子になったら・・
想像するだけで体に緊張が走り、冷や汗が出る。
この子の家族の気持ちを想ったら切なくなった。

何度か質問して唯一わかったことは、7歳であるということ。
英語が少し通じるようだ。
しかし他の質問の答えは一切返ってこない。
不安と寂しさに押しつぶされそうなのだろう。
泣き続けながらも、私の横に立って耳を傾けてくれる男の子、頭を撫でて背中をさする。
日本で知らない人に身を委ねる彼の姿をさらに不憫に感じた。

対応は早い方がいいと考え、彼をツアーのお客さんに任せて社務所に駆け込んだ。
「外国の7歳の男の子が1人で泣いています!」と守衛さんに説明した。
守衛さんは一瞬、慌てている私を見てポカンとしていたが、
ほぼ同時に後ろから私を呼ぶ声が・・
「シオリ〜お母さん見つかったわよ!」
ツアーのお客さんがそう言って追いかけてきてくれた。
なんと!早期解決!
キュッと結んだ紐がスルリとほどける瞬間のように、私の張りつめていた緊張も安堵と共に解けてゆくのを感じた。
よかった・・。

お客さんの輪に小走りで戻ると「ほら、あっちよ」と指さして教えてくれた。
その先には、想像とだいぶ違う絵があった。
ものすごい剣幕で怒っているお母さんと、まだ変わらず泣いている男の子。
お母さんが息子を抱きしめて泣くというシーンを勝手に予想していたからだ。
しかし私たちはそれを眺めてホッとし、笑い合った。

涙の移り変わり。
淋しくて、悲しくて、怖かった涙、
家族に会えて嬉しい涙、
ママに怒れて流す涙。
次々と色んな感情に襲われただろう、少年。
京都は涙の思い出になるのかな。

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