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「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那⑫~

東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられる。
仏縁により、”巨大寺院”での修行生活が始まった。

天に枝を伸ばした木々、咲き誇る色とりどりの花。
巨大寺院の庭園は手入れが行き届き、どこまでも美しかった。
慧光は庭園を抜け、この地最大の蔵書を誇る”学びの院”に歩を進めていた。
そこで兄弟子である”慈恵”と共に、仏典の研鑽を深める予定だった。

慈恵は、謎が多い人間だ。
出自はもちろん、入門のいきさつを誰も知らなかった。
言葉に強い訛りがあり、誰にも迎合せず孤高を貫いていた。
その慈恵と接点を持ったのは、禍事より慧光を助けたことにあった。

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慧光が入門したばかりの、ある夜。
兄弟子集団主催の「学習会」に招かれた。
その集団は、入門式の際、強い邪気を発していた”賢彰”を中心としていた。

こんな夜半に学習会があるのかと、
訝しく思いながら回廊を歩む慧光を、慈恵が呼び止めた。
「もし、貴殿は何処へ?」

「はい。学習会に招きを受け、西の棟に参ります。」

「ほう、学習会。どなたが主導で?」

「賢彰殿とうかがっております。」

「・・・・・・・・・それは、それは。
 さぞ興味深い、学習会となるであろうな。我も加わるぞ。
 またとない機会だ。皆にも、会の開催を知らせるとしよう。」


慈恵は慧光を伴い、西の棟に辿り着くまでに出会った僧全てに
学習会への勧誘の声をかけた。
寡黙で、誰とも交わらぬ慈恵に話しかけられ、
皆は驚くと共に、その静かな気迫に押され、慈恵の後に続いた。

西の棟に到着。一行は、20人近くになっていた。
慈恵は棟にいた僧に、賢彰の居場所をたずねた。
大勢を前に尻込みする僧と押し問答をしているところに、賢彰が現れた。

「ふん。なぜ、こんな大勢で。かしましい。」
そして、慈恵に鋭い一瞥の後、禍々しい口調で言い放った。
「慧光殿。会の日時をお間違えのようだ。
 本日は夜も更けているゆえ、各位お引き取りを。」

不審に思いながらも、慧光は慈恵と共に、自らの棟に戻った。
別れ際、慈恵は言った。
「慧光殿。この巨大寺院は、”好学な”僧が多くてな。
 夜ですら、”学習会”を持とうとする者がいるのだ。
 今後、招きを受けたらぜひ、”皆と”誘い合わせるがいい。
 我々僧は、”皆で”仏の教えの学びを深めるべきだからな。」


突然、その言葉のもつ言外の意図が、慧光に通じた。
禍事から自分を守ってくれた慈恵に、感謝した。

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これが、最初ではなかった。
幼少の頃から慧光は、その優美な容姿ゆえ、
悪計ある者に襲われそうになっては、子守の茉莉に助けられた。
女性のような鈴声にきめ細かい肌。華奢で小柄な骨格の体。
女人禁制の寺院内で、その姿はどうしても「目立つ存在」であった。

大寺院で修行の間は、一度たりとも禍事がなかった。
しかしそれ故、高名高い巨大寺院でよもや、と夢にも思わなかった。
そんな迂闊な自らに、恥を感じた。

慧光は、理解はしていた。
このような禍事の首謀者が、何より恥を感ずべきことを。
しかしながら、その獲物とされた自らに、
耐え難い罪悪感を感じてしまうことが、非常に辛かった。

誰もがこの世に、父母からもらった肉体で産まれ、生きている。
この尊い肉体を、単なる肉塊とみなし、
それまでの人生を蹂躙してまでも、獲物を支配したいという強欲。
その強かさを、慧光は嫌悪した。

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”学びの院”では既に、慈恵が経典を前に座っていた。
思索を遮らぬよう、慧光は、少し離れたところに座した。
しばらくその状態のまま、時間が流れた。

”学習会”の夜以降も、慧光に対する禍々しいことは続いた。
徒党をくんだ賢彰達から、執拗に精神的苦痛を与えられた。

賢彰は、自分一人では何もできない。
しかし、邪の力を駆使することはできた。
悪知恵があり、周りの人間を恫喝し、支配していた。
寺院内は賢彰に迎合するもの、そうでないものに二分されていた。

この地最大の規模と権威を誇る巨大寺院の僧達が、
本来あるべき修養を怠り、内部分裂をしている。
この状況を、慧光は憂いた。
賢彰達からの数々の陰湿な振る舞いを思い出すと、心が乱れた。
耐えきれず、経典から目を離す。

「慧光殿。”大老尊師”に、目通りされるか?」
突然、慈恵が言った。

いや、突然ではなかったのかもしれない。
後年、この時を追憶した慧光は、そう気づいた。
我々の日々は。自らの必然そのものであるから。

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