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赤鼻のマネージャー

私が小売業に携わっていたときのエピソードです。
BGM「赤鼻のトナカイさん」推奨。

全国にある私たちの店舗は
幾つかにエリア分けされ
それを管理する「エリアマネージャー」が
配置されていた。

マネージャーは
中期計画をもとに指針を立て、
各店の店長のサポートや指導を行う。

このエリアというのは
県をまたぐ広域なものなので

各店を巡回すると
月の半分はそれで消化されてしまう。

方針、重点指標は
マネージャーによって異なるため

店舗に来る回数も毎月でなく、
メールや電話中心にして、
費用性や効率性を
重視するタイプも当然いた。


私が店長になって
二人目のマネージャーの店舗巡回は
きちんと月一のペース。

スタッフへの労いに
よく、ミスドの箱を下げてやって来た。

彼は当時50代後半。
164㎝の私と変わらないくらいの背丈。

ぽっちゃりした体形、丸顔に丸い目。

髪の毛はちょっと侘びしいが
愛嬌のある風貌だ。

彼は酒好きでもあり
「飯、行くぞー」と
私たちをよく誘ってくれた。

そして、
お酒が入ると彼の鼻は決まって赤くなる。

我らが「赤鼻のトナカイさん」は

駅前SL機関車の広場でインタビュアーに
声をかけられそうな、

「ガード下でホッピー」がぴったりな、
スーツ姿のおじさんだった。


マネージャーと、エリアの店長たちが集まる
エリア会議というものが定期的にあって

その後の懇親会は
いつも似たような話題になる。

「〇店は先月、二人入ったんだっけ?」
「あー、でも来月また一人辞めちゃうから」

「うちなんか、もう二か月応募がない」

慢性的な人手不足。
店の人員問題は一番の悩みで

その上、
「あの人と同じ日のシフトに入れないでほしい」

シフト編成に好き嫌いを持ち出すスタッフの
対処に手をこまねいている、とか

「この日に休めないなら、私辞めます!」

繁忙期と追っかけのアイドルグループの
ライブが重なって
どうしても休むと泣いてきかない
若いスタッフとの押し問答など、


お酒の入り具合に比例して徐々に
人手不足による悩みの話題は沼と化す。

どの店長も、店のスタッフには
言えない悩みを抱えているから
懇親会は店長のガス抜き大会になりがち。

あるときそんな話題のひとつが
深刻さを帯びて空気が重くなった。

「ちょっと、マネージャー
ハナシ、聞いてます⁉」

一人の店長が
黙って聞いているマネージャーをつつく。

「ぁあ?聞いてるよぉ・・・オレはなぁ」


いつもの如く鼻が赤くなって、
顔つきもトロンと崩れかかっている
マネージャーが呟いた。



「オレはぁ、、恋がしてぇんだ…」


コツン・・・


その風貌には不釣り合いな

ワインの華奢なグラスを
テーブルにそっと置く。

その小指はピンと外にはねている。


店長たちはマネージャーの
その指先まで見届けて、

また彼の赤い鼻に視線を戻す。

観ていた映画のシーンを
一時停止したみたいに
全員の視線はそこで止まった。

一瞬の沈黙。

それはたぶん
みんな同じことを考えた瞬間だった。

ーー この流れを回収しなければ ーー

「ぇえ~!笑」
「いきなりですかー!!」
「ちょっと飲みすぎー!」
「好みのタイプ、言ってみて下さいよー」

「飲み物おかわりする人、挙手して~!」

阿吽の呼吸で綱を引き始めたチームのような
連帯感。

同じタイミングでそれぞれ
シーン「懇親会」の続きを

「再生」し、「回収」へ

妙にはしゃぐ店長たちをよそに

とろけるような視線をワインに向けたまま
うっすら微笑むマネージャー。

彼の頬は
その鼻以上に赤く染まっていた。

ワイン、鼻、頬

そのトリプルレッドは
沼からのパラレルシフトの技だったのか。


また、あるとき全国会議で

議場のプレゼンターが
急に声を震わせて
何も喋れなくなったことがあった。

スクリーンに映し出されたデータや
手元の資料に視線を向けていたので

口元を押さえてうつむいてしまった彼女に
何が起こったのか、誰もわからなかった。

気配を探り合う、静まり返った会議場に
ふと、かすかに響き渡る異質な音。

それは、いびきだった。


しかも往復いびき。

みんなの視線は一斉に
壇上のプレゼンターの真ん前席に座る

我らがトナカイさんへ。

彼はどこの席からも視線を集めやすい
リスキーな席にいながら

腕組みをしたまま、
顔を真上に向け、気持ち良さそうに
いびきをかいていた。

壇上から丸見えの、
口をポカンと開けた寝顔と往復いびき。

無防備が過ぎるその様子にプレゼンターは
笑いがこらえきれなくなり、
詰まってしまったのだ。

トナカイさんは何故そこに座ったのか。


席は他にも選びようがあったのに、
なぜ、最前列のど真ん中に。


隣に座る人から肩をこずかれ、
マネージャーは真上に向いていた首を
ガクッと前に倒したかと思うと


「んー・・・?」
と、お目覚め。

あ~、いや、質問は、ない…
ボソッと呟いた。

広い会議場のあっちからこっちから
押し殺した笑い声が
まるでさざ波のようにうねった。

私が恐る恐る振り向くと、

後列で参加していた部長たちも
そのさざ波の一員と化していた。

トナカイさんはいつもみんなの人気者。

とはいえ、

書類の不備や遅滞で催促されたり、
伝えたことを忘れたりすることが
多かった彼は

「ちゃんとやって下さいよー」
「この前もお願いしたじゃないですかー」

と、店長たちによく突っ込まれてもいた。

ところが、
そんな店長からのツッコミに怒るどころか、

「オレはいかに仕事をせずにすむかが
ミッションなんだ、

いいかおまえら、俺に仕事をさすな!

ゲラゲラ笑って言い返す。


賢そうにすることもなく
威張ることもなく、良くも悪くも
いつも私たちと対等だった。

機なことがあったときは

オレは今、機嫌悪りいんだ

と言い放ち、

気に入らないことは子供のように
オレ、やらない

とふくれた。

「・・・でも、あれか、
オレがやんなきゃお前が困んのか?

勢いよく言い放った後、

眉をしかめる店長にしゅんとして
上目遣いをみせたりする。


こんな自由奔放な人が

どうして組織にいられるのか
私には謎であった。

でも彼が大好きであったし、
何故だか、尊敬もしていた。

「何故」は失礼だけど…



お前はお前のまんまで、店長やりゃいいんだよ


彼は私にいつもそう言ってくれていた。

あの頃の私は
その言葉のありがたさがわからなかった。

肩の力を緩めることが出来なかった。

というか、
緩め方がわからなかった。


目の前にちゃんとお手本がいたのに(笑)


我らがトナカイさんは
実は
サンタさんだったかもしれない。



そして、彼と飲むビールは
いつも最高に旨かった。

おしまい♪

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