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私の不幸は私が決める(慣れろ、おちょくれ、踏み外せ/森山至貴×能町みね子)

クィア・スタディーズの専門家・教授であり自身もゲイである森山氏と、以前ここに書いた『結婚の奴』の著者であり、トランス女性である能町氏の「性と身体をめぐるクィアな対話」をまとめた作品。

※クィアという言葉は、日本語でいうオカマ・変態に近い侮蔑語である。ただ、本来は侮蔑的に使われていた「変態」が、自虐的に使われることでメジャーになっていったように、ネガティブなニュアンスが取れた状態でじわじわと浸透しつつある。

・朝井リョウ『正欲』との比較

私はフィクションである『正欲』と、当事者同士のどこまでもリアルなこの対談を重ねて思考せざるを得なかった。例えばこのくだり。

「LGBT」っていう言葉でまとめると、分け方がLGBTの人/LGBTじゃない人、つまり、普通の人/普通じゃない人になっちゃう。いわゆる普通の男と普通の女ばかりじゃないよっていう話だったはずなのに、今度はLGBTかLGBTじゃないか、その二者択一だよ、みたいな感じに、すぐなってしまう危険性があります。(能町氏)

一方で、『正欲』ではあえてスルーされていたこの問題。

小児性愛って、印籠みたいに使われることがあるんですよね。いろんな性のあり方を認めていこう、という話をしている時に、「じゃあロリコンも認めるのか」みたいなことを、鬼の首を取ったかのように言ってくる人を見ます。どうせ反論できないだろう、みたいな感じで。(能町氏)

あらゆるセクシュアル・ファンタジーをもつ人はいる。頭の中なら何をしてもいいと理解しつつ、実際の行為とは切り分けて考えなきゃいけないよねという対話が展開されていた。

・私の不幸は私が決める

能町氏は誰かが結婚した時に「おめでとう」と言わず、森山氏も自身の生徒に恋人ができたとき、祝福する前に「それはあなたにとって嬉しいことか」を確認する。
なぜなら、「結婚は幸せだ」「恋人ができたことは幸せだ」と規定してしまうことが、翻って、そうでないは不幸であるという呪いに繋がるから。
私は「それは流石に生きづらくないか?」と思いつつも、「私の不幸は私が決める」という森山氏の言葉はとても共感した。幸福も不幸も、他人によって規定されるべきではないのだ。

・海外の話

イランやアラブ首長国連邦などの中東やアフリカの一部の国では、2023年現在も男性間の性交を主とする同性愛行為は死刑判決の規定がある。
あと、能町氏が述べていた「欧米を旅行したとき、パートナーシップが日本よりも強めでキツいなと思った」というくだり。男女でなくてもいいが、とにかくパートナーはいなきゃいけないという規範が強く、カフェやレストランに一人で入る人が全然いない。ファストフードしか選択肢がなかったという。
最近たまたま、未婚の50代男性が同じようなことを言っているのを聞いて「私が一人旅してた時はそれは感じなかった」と反論したところ、「それは若い女性だからだ」と返された。
確かにみんな優しかったし、その場で出会った人に話しかけてカツレツをシェアして食べたこともあったが、あれは「若い女の子が一人で旅してる」物珍しさゆえの特権だったのかもしれないなと改めて思った。

・子育て支援と少子化対策

最後に一つだけ、それは違うんじゃないかなと思う箇所があった。

子育て支援と少子化対策って、本来はまったく違うことのはずなのにぬるっとつなげられている。子育て支援は、子供を育てたいという個々のニーズへの支援ですけど、少子化対策は、個々人というより国家全体の都合ですよね。そこをぬるっとつなげてしまうことは、「みんなが自分の生きたいように生きるべき」という私たちの社会のとても大事な建前を平気でざーっと押し潰していくような嫌な感じがあります。(森山氏)

今の日本には、おそらく二人が考えているよりも、経済的に困窮している人が多い。一人で生きていく分にはギリギリ何とかなっても、配偶者や子供を養う余裕のない人が、本当にたくさんいる。だけど「金がないなら結婚するな。子供をつくるな。そんなの無責任だ」という世間の冷たい目がある以上、彼らは声を上げることができない。

国家都合ゆえの気持ち悪さはわかるが、例えば出産や子育てに関わる費用が全て無料だったら、子供をもちたいと考えが変わる人は確実に増えるはずだ。それは価値観の押し付けではなく、選択肢を増やすことだと解釈できないだろうか?恋愛もパートナーをもつことも子供を育てることも、全てを経済的理由で諦めている人たちにとっては、子育て支援と少子化対策をつなげて行うことには、意味があると私は思った。

タイトルもフォントも語り口もライトで読みやすかったが、ものすごく頭を使う作品だった。読んでよかったです。

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