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固有名詞の鬱(この部屋から東京タワーは永遠に見えない/麻布競馬場)

Twitterの人気者、麻布競馬場(@63cities)の小説をまとめた本。

いつしか彼の短編小説がバズっていて、センスのある文章を書く人だなぁと感心してからというもの、しばらくフォローして見ていた。

ほとんどTwitterやnoteにアップ済の作品ばかりで、「地方から東京に出てきて、早慶を出て就職し、ちょっと無理してタワマンに住み、だけど何者にもなれなかったアラサーの悲しき俺/私」みたいな鬱々とする物語がひたすら続く。

彼自身、おそらく西日本出身で慶應を出て、この作品に登場するようなタワマンに住んでいると思われる。(違ったらすみません)

解像度の高さを底上げするように、東京の地名やアパレルブランド・高級レストランなどの固有名詞が頻繁に登場する。通常、この手の作品の固有名詞はエモさを演出するために使われるものだけれど、彼の文体ではかえって鬱々とした空気を色濃くするばかりで不思議だった。

いるよね、こういう人。
身近にはいなくても、Twitterで見たことはあるよね。わかる、わかる。
と頷きながらサクサク読めてしまうけれど、あまりにも鬱々としたトーンが続くのでしんどくなってしまい、何度か手を置いた。

でも、やはり魅力的な文章を書く人だなと思った。

本作唯一の書き下ろしの「すべてをお話しします」という掌編の終わりは、こうだ。

お前は馬だ。
お前はこの東京を自由に駆けているようで、実のところ鞭打たれながら決められたコースを競わされるかわいそうな馬だ。
おれは特等席から、お前たちが息切らせて走るのを、幸せに向かって走っているはずが摩耗し不幸になってゆくのを、じっと見ている。
そんなことを書いた本が、本やさんの棚に、無数の本にまぎれて置かれている。お前がそれを手にするのを、それを家で読むのを、分かったようなコメントを友達に言ったりするのを、おれはまたお前の後ろから、じっと見ている。

おー、怖…
麻布競馬場って変な名前、と思っていたけれど、ようやく理解した。

作中、朝井リョウに嫉妬しながら嫉妬してないフリをする早稲田の子が出てきたけれど、彼の観察眼も朝井リョウに近く、ゾッとするものがある。
身近にいたら私もネタにされるんだろうな。
でも話してみたい。

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