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詐欺師、風呂、人間

「新しいチョッキを買ったんだ。まあ見ていってくれ給え。すき焼きも食べ給え、この糸蒟蒻がたまらなく美味いのだ、もっと食べ給え。そもそも君は気持ちが悪い。悪辣な詐欺ばかり働いて、一向に風呂に入る気配がないのだから気持ちが悪い。ああ気色が悪い。」

当初はてっきり、もてなされているとばかり思い込んでいたが、どうもそうではないらしい。結局のところ悪口雑言を浴びせられているのだから。

しかし私が詐欺ばかり繰り返しているのも、一向に風呂に入ろうとしないのも、なんら間違ってはいない。確かに風呂に入らない悪辣な詐欺師は気持ちが悪いし気色が悪い。奴は何も間違えてはいないのだ。真実を告げただけなのだ。

それなのに私は過激なほどに腹を立ててしまった。奴の両頬を、ええい、ええい、と大声を上げながら平手で何十回と叩きまくり、庭にあった古井戸に奴を突き落としてやったのだ。奴は古井戸の底でぴくりとも動かなくなってしまった。仕方がないので私はなるべく厳かな雰囲気を醸し出しながら、古井戸の底の奴に向かって両の掌を合わせた。南無阿弥陀と唱えるべきか、アーメンと呟くべきか、それはわからなかった。

しかし奴はいつか古井戸の底から出てきて、また新品のチョッキを自慢するだろう。すき焼きを勧めるだろう。糸蒟蒻に舌鼓を打つだろう。詐欺罪で収監され満期で出所し、適度に風呂にも入るようになった、この私の眼の前で。



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