Pアイランド顛末記#27

★蛙じいさんの愉しみ

 夜。蛙じいさんの魂はいつものようにP・アイランドの上空を飛んでいた。興がのれば川崎あたりまで飛んでいくこともあったが、ふだんは、P・アイランドのなかで満足していた。上空には、様々な人の意識が漂っている。蛙じいさんは、そのひとつひとつを撫で、さすり、口にいれて味わった。人肉を味わうような、邪悪で薄暗い感覚がたまらない悦びとなってじいさんを満たした。ひとつひとつの意識が、断片的な声となって蛙じいさんの魂を通りすぎていく。

「お母さん、僕、喉を裂いちゃったよ。血がお花みたいできれいだよ。」
「肉屋の店先で首吊ってたったてよ。」
「おまえのせいだ。」
「しぬもんか。」
「そこ…・。」
「夢みてた。」
「なにか音。」
「水くれ。」
「だれ?」
「あ…。」

 呟くような、消えかけた意識たちが霧のようにたちこめてくる。じいさんは、それらのひとつひとつを丹念に味わい、飲み込んだ。

 蛙じいさんは、そんな意識の群れのなかに何か見なれないものを発見した。真珠色に輝く霧のようだ。帯になってじいさんのあとをゆっくりと追いかけてくる。大東京通りの消えかけたネオンをずっと下のほうに見ながらそれは輝き、漂っていた。じいさんは、ふわふわ浮かんだまま、凝視した。
 なんだ?こりゃ…いままで見たこともない…。それともわしが気がつかなかっただけなのか…?
 それは、ゆっくりと球になり、じいさんのほうに近づいてきた。

「やあ、蛙じいさん。」
「なんだ?おまえは。」
「僕は二郎さ。ずっと前からあんたを観察してきたよ。」
「観察?」
「そう、あのヤバイ茸が完成する前からずっとね。」
「!!!」
「簡単だよ。毎日、地下室のドアの鍵穴からのぞいてただけさ。鍵穴から入って行こうと思えばできたけど、僕には見るだけで充分だった。」

 蛙じいさんの魂は、次第に浮遊感覚を失ってきた。茸の効き目がうすれてきたのだ。

「僕は毎日、ドアの鍵穴の小さな歯車に腰掛けて、あんたの様子を観察してきた。しろうと科学者がちっぽけな発明をするのをね。」
「おまえは、だれなんだ。」

 茸の効きめが薄れて、蛙じいさんの肉体が呼んでいた。じいさんの魂は、しだいに地上にひきよせられていった。大東京通りの片隅の小さな店の地下室へ…狭苦しい地下室のなかのさらに息詰まる肉体のなかへと…。

 蛙じいさんが肉体の感覚を取り戻す直前、二郎の声がかすれながらとどいた。

「蛙じいさん、大事な話がある。3日後の晩、自由の女神のうえで待ってるよ。あんたの命に関わる話だよ。」

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