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二〇一五年の短歌

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ドイツ暮らしを日記がわりに短歌にしたためました。
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記事一覧

二〇一五年四月の短歌

裸木に命を灯すヤドリギは老いた躰の性毛のごと

「母さん!」とわたしを呼んだ祖父の息止まって部屋のカーテン揺れて

帰らなきゃいけないのよとベトナムの少女は笑うかぐや姫みたいに

「美しくも青くもないのねドナウ川は」それでもあなたの頬はバラ色

そう君の野菜は多めだったよねトルコなまりで笑う店員

冷えた足添わせて暖を取りにけり夫の白き肌はこと温き

紙コップの小銭を鳴らす物乞いに遠い海の香をかい

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二〇一五年五月の短歌

少女時代うつして光ってとろけだす祖母の頭のなかのハチミツ

昔はね格好よくて好きでしたいまは格好わるくて大好き

いつの日か母より上手く卵焼き焼けたとしたらきっと少し泣く

「ニホンならぼくもトトロに会えるかな?」青い目で問う子の髪をなで

あなたへとアウトバーンを走るバス過ぎた日はもう戻らなくても

ベルリンの東西隔てた壁の跡ゲイのふたりが軽やかに越え

幾千の蛙は今夜も濁声で宇宙の秘密を叫んで

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二〇一五年六月の短歌

中学のころに通したピアスホール今ごろ膿んで手を焼かせるの

親友の名前はiPhone色は白私を故郷へ飛ばしてくれる

Twitter Instagram に Facebook SNSを食べて生きてる

義姉の背のタトゥが私を責めたてるDon’s stop believing と

祖母逝って見事に残るアゴの骨「まだ生きたいのよ」と叫んでいる

君が持つキレイな色の飲み物は私が飲んでも毒ではないか

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二〇一五年七月の短歌

ヨルダンの難民街のマーケット「シャンゼリゼ」と人は呼びおり

空・惹・奈 漢字の名前をほしがった友は今では戦火の街で

友からの土産の週刊文春を片手に丸めてナイツブリッジ

君の持つモバイルWi-Fiの電波が途絶えたところでホントのさよなら

三十を超えてはじめて紅を買う似合う色かも確かめられずに

真夜中のトラムの駅にしらじらと幽霊みたいな桜の写真

陽だまりの義母の飼い猫年老いて前足の爪がちょ

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二〇一五年八月の短歌

変わるものあれば変わらぬものもあり最終電車は夜に溶けゆく

さあおいでお前も地球の一部だと裸になれば湖がそう言う

夏の夜の祖母の気配の残る家障子が風でかたかた鳴りて

ねえってばこれは英語でどういうの?そう問う子の瞳に映る未来よ

先を行くあなたの背中の汗じみが猫のかたちでまた恋をする

来世では猫に生まれて糞尿にまみれて家族みんなで暮らそう

今日の愚痴を酒に溶かして焼き鳥と煙草の匂いの東京暮

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二〇一五年九月の短歌

落ち葉踏み甲子園の歌口ずさむひとりきりのベルグラード通りで

いつまでも無邪気な娘でいたくって母の尻から目そらす銭湯

書きかけの不倫メールもそのままに眠る親父を乗せた地下鉄

明け方の濡れた向日葵うつむいて私はなにを夢みたのだっけ

姪っこのおっぱいかすかにふくらんで笑う私のシワひとつ増え

幾万の難民来てもコシヒカリ何合炊くか悩む私は

曇天を背にした雄牛に尋ねても神か阿呆か道は語らず

おめ

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二〇一五年十月の短歌

木漏れ日に目を細めている巡礼路かつての人の気配を追いて

ミュンヘンの湖畔の白樺色づいて「金の十月」と人は呼びおり

教室でひとり本読む子の前に明かな道が無限に伸びゆく

いつまでも正しい量の日焼け止めすら出せないで老いていくのよ

完璧な半熟卵ができたような幸せ重ねて老いていくのよ

井戸のような銀河を見ていた君の手をぐっと握った行かないように

無造作にちぎったパンのいいところ渡してくれるあな

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二〇一五年十一月の短歌

背を向けて眠るふたりはお尻だけくっつけている七年目の秋

狂騒のわたしの愛した街遠く静かに墓地ゆく諸聖人の日

落葉の毛布で眠る義父は我知ることもなく鐘は鳴りゆく

妻の乗る車椅子押す老人の痩肩に落つ葉はあかあかと

読書家の窓辺の老人姿消し主変えた部屋は白く明るく

じゃがいもと、細い大根、ソーセージ。おでん煮ている外国暮らし

キッチンでスマートフォンを眺めてるあの子の白無垢、おでんの香り

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二〇一五年十二月の短歌

戦争を憂う人らのテーブルの肉の塊固く冷えゆく

ただひとり背中丸めて行き過ぎるスパイス香るクリスマス市

キャンドルを灯して聖夜を待つ君のうしろでちょいと柿の種食べ

お茶すするあなたの白髪が目につけど目合えばすぐに十七の頃

クリスマス「ヴァイナハテン」と呼ぶ国で熱いビールをすすり郷愁

「兵士A」がどこかで引き金引いた夜わたしの豚汁美味しくできた

去年より街がきらきらして見える欧州暮らし、2

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二〇十五年三月の短歌

刃の先が指を切り裂き赤きもの真イカの上に落ちて日の丸

名も知らぬ野菜をきざむ赤毛のひとアイルランドの海賊のごと

わが名さえ正しく呼べぬ灰色の夫の瞳にクロッカス映えて

教室の隅でゴメンネイイノヨと交わすロシアとウクライナの子

笑みのほかすべて忘れた祖母は舞う遠州の海に花びらのごと

金銀で身を飾ろうとも教会の来し方背負った天使はうつろ

スーダンの母の横ではちっぽけなニッポン女子の見栄とプラ

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