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#6 井出ゆかりさん/四季の味 やまなか(小海町)

山奥の集落にあるのに、全国からひっきりなしにお客さんが訪れる超人気店がある……という噂で持ちきりなのが、懐石料理店「四季の味 やまなか」。看板の懐石料理はもちろんですが、筆者が驚愕したのは、〆の近くに登場する漬物です。寒冷地の食文化と聞いて真っ先に連想するように、長野県は野沢菜漬けをはじめさまざな漬物で全国的に知られていますが、この店の漬物たるや……。詳しくは以下、店主・井出ゆかりさんのインタビュー記事をご覧いただきつつ、周辺の食文化や、気候変動との関係についても、発見のあるお話になりました。

編集・取材・構成=岡澤浩太郎/八燿堂
写真=栗田脩

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厨房で調理する井出ゆかりさん。朗らかなお人柄だが、いまも料理学校に通うなど、食への探求心は絶えない

■プロフィール:井出ゆかり/四季の味 やまなか
長野県南佐久郡小海町出身。短大卒業後、地元の病院やホテル、老人保健施設などで栄養士や調理士として勤務した後、2011年に実家を利用して懐石料理店「四季の味 やまなか」を開店、「自分の店を持ちたい」という夢を叶える。敷地の畑や山で採れた季節の野菜、山菜、キノコなどを使った料理が看板。宣伝などはほぼ行わず、口コミだけで予約困難な人気店になった、東信を代表する知る人ぞ知る名店。

四季の味 やまなか
〒384-1107 長野県南佐久郡小海町大字小海7955
※要予約 Tel. 0267-92-1188


※インタビューのダイジェスト+αはポッドキャストで公開しています


懐石料理店の名物は、漬物?


岡澤浩太郎(以下、K) 「四季の味 やまなか」(以下、やまなか)のお料理は何度か食べましたが、懐石料理はもちろん美味しかったけど、お漬物が本当にすごいですよね。
以前、三人でお弁当を頼んだらお重が4段来て、「この余ったお重はなんだろう?」と思って開けてみたら、一段に丸ごとお漬物が入っていて。確か20種類くらいありましたよね? あれは感動しました。美味しいのはもちろんですけど、野菜の色がもうカラフルできれいで。

井出ゆかりさん(以下、井出さん) みなさんに驚かれます。こんな量で出てくるから(笑)。うちの畑で野菜をたくさんつくっているもんですから、ちょっとずつ漬けていったらこんなことになっちゃって(笑)。

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2点とも、やまなかの漬物。懐石のコース(後述)では終盤に登場する
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漬物がすべてを占めるお重も登場する。野菜の色がすでに美しい

K 自分で漬けるわけですよね?

井出さん 全部そうです。野沢菜はまず塩漬けするんですよ。それを一回全部出して、洗って、本漬け。6斗樽を5つ並べておくので、すごい量ですよ。3トンとか。

K は? 3トン!?

井出さん 初めは計算してなかったんですけどね。(野沢菜の場合)一束7キロくらいで、40束収穫するのを何回かやって……というのを計算すると、2~3トンの世界になって(笑)。

K 殺人的な量ですね(苦笑)。

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やまなかは小海町の親沢という集落にある。築150年の実家を店として利用している

井出さん 昔はみんな家でつくってたんですよ。だけど「やっぱり自分じゃ上手く行かない、美味しくない」って。だからお客さんから「桶ごと売ってくれ」って頼まれてて、注文が毎年どんどん増えてるんです。「買ったほうが早い」って(笑)。

K 漬物教室とかやらないんですか?

井出さん よく言われるんですけど、私、気が短いから(笑)。

K お店のお料理は懐石のみですけど、お漬物だけでは売らないんですか?

井出さん たまに、町役場の集まりがあると頼まれることがあるんですけど、滅多にないですね。でも最近売り出そうかと思ってます(笑)。

K 絶対需要ありますよ!

井出さん よく言われるんです、「漬物とご飯と味噌汁だけでいい」って(笑)。

K メニューは時々の畑の様子で変わるわけですよね。これから冬になると、畑の収穫ができなくなるから、やっぱり保存食である漬物が多くなるんですか?

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やまなかの店内。昔ながらの生活の知恵がのぞく

井出さん あれは一年中ずっとあるんです。

K え?(笑)

井出さん いつお店に来ても、毎回あの量が出てきます。笑ってください(笑)。

K すごいな……漬物のレパートリーは何種類くらいあるんですか?

井出さん えー? わからない……。

K いちいち数えてないですか(笑)。

井出さん お客さんが褒めてくれたら気を良くして「奈良漬けも召し上がります?」「野沢菜もありましたけど?」って出してね(笑)。懐石の、お腹いっぱいになった最後のほうに漬物を出すから、お客さんからしたら食べきれないですよね。「初めから出してくれればよかったのに」なんて言われてね(笑)。

K でも喜ばれるでしょう?

井出さん お客さんが誰か連れてくると、「ほら、あれが言ってた漬物だよ」なんて言ってね。やっぱり名物なんだろうなって最近思うようになりましたけどね。

〔コラム①:長野県の漬物文化〕

長野県の冬は長く厳しく、冬場は畑から青物が採れなくなるため、保存食の文化が発達し、さまざまな漬物が生まれた。

例えば、県中央の木曾地域の「すんき漬け」、同安曇野地域の「わさび漬け」や「福神漬け」、同諏訪地域の上野大根を使った「たくあん漬け」、県南部などで採れる竜峡小梅を使った「小梅漬け」などがある。

なかでも「日本三大漬物」のひとつに数えられ、全国的に知られているのが、県特産の野沢菜を塩漬けにした「野沢菜漬け」だ。野沢菜は、1756年、県北東部の野沢温泉村の寺の住職が京都から持ち帰ったカブが突然変異したのが始まりと言われ、以来、同村や近隣の飯山市を中心に口コミで広まったという。

野沢菜は9月に種を蒔き、大きなもので高さ1メートルにも育つ。霜が当たると甘くやわらかくなるため、11月に収穫する。つくる工程で一枚一枚葉を洗う光景や、炬燵に入ってお茶と一緒に野沢菜漬けを食べる場面は、かつての冬の風物詩だった。

なお、スーパーなどで一般的に出回っている野沢菜は数日間漬け込んだ「新漬け」と呼ばれ、ほかに数週間以上漬け込んでべっ甲色になった「古漬け」もある。

(参考:農林水産省「うちの郷土料理」長野県漬物協同組合「信州のお漬物」長野県食品製造業振興ビジョン推進協議会「発酵長寿」JA長野県「信州の漬物自慢」


口コミだけで「予約の取れない店」に

K  井出さんはいつ頃から飲食店をやろうと思っていたんですか?

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