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最初に座った席が好き 荏原カフェ

荏原カフェ
この率直な店名をつけられる勇気。町名+カフェの検索結果に埋もれてしまいそうなのにきっとそんなことは微塵も気にしない。

おいしい珈琲の看板、二階に上がる狭い階段をとんとん昇る初めての時はちょっとドキドキした。
ピカピカではない新しくない、でもとても清潔感のあるアプローチ、喫煙店の煙たさを感じる隙がない、きっと毎朝丁寧にお掃除をされているのだろうとしゃん、とする。

ドアから明かりが溢れていて、中は暖かいよ、どうぞ、と言われた気持ちで手すりを握り押す。

角砂糖とステンドグラスのランプ。
お好きな席をと案内していただくと迷うな、窓際の一際明るいお席はいつもの方の席に見え、実際既に空間が出来上がっていたので、反対側の小さなテーブルに向かいなるべくドキドキがばれないように素早くコートを脱ぐ。
所作のスムーズな人になりたいと常々思っているその練習の成果はまさに今だと発揮したくてうまくできたことがない。カウンターも空いていて未練がましくちらちらと眺めるほどにはどの席にも座ってみたい。

赤いベルベットの背当ての周りに金色の鋲がぐるりと、細かく打たれた椅子。剥出しの木でない分ソワソワする背中を撫でて落ち着けてくれるような優しい椅子だった。
お向かいは肘掛までも赤い椅子が鎮座していて少しずつ違うデザインの椅子を揃えられていることに気づき、そのような空間がとても好きだった。

シナモントーストがあり迷わず恭しく注文して楽しみに待つ。
すぐに豆を挽く音がして一番好きな時間が始まった。
この待つ間、席に座る、ただ座る行為が好きで繰り返す。私のために使ってもらえている時間と人の手が嬉しい。うれしい。
ものを食べることは生きることだけれど、食べなくても飲まなくても良いものもたくさんある。この一杯の珈琲がどれだけ心を生きさせるかということ。

白いプレートの上に焦げ茶色のシナモンが強いコントラストを描く、絵のようなお皿が置かれ、ほぼ最低限の色だけでこんなに綺麗な光景が有ったんだな。
メインに対してたっぷりと余白のあるプレートを選んでくれるのはそれが美しいことを知っている人だけ。

艶々のクリームを乗せてざくりと頬張る、厚切りのふわんとした感触としっかり焼かれた外側のエッジ両方を贅沢に一口で食べてもいいんだ世界は優しいな。大人になって、一人で好きなように食べたり踊ったり眠る時に安堵する。誰の目も気にしなくていい。いつもシナモントーストばっかり食べたっていい。

角砂糖を摘む小さなトングは昔どこの家にもあったような気がする。
袖口にぽちゃんとしないようにそっとカップに落とし、混ぜないで最後に緩くとけかけのジャリジャリを食べる私はまだ行儀も良くないし、所作の美しさもないけど、そっと楽しむ事だけは許されたい。ステンドグラスのランプがまとめ上げて完璧な空間、階段をのぼる、真面目な名前のカフェ。


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