紫式部日記第22話殿も上も、あなたに渡らせたまひて、

(原文)
殿も上も、あなたに渡らせたまひて、月ごろ、御修法、読経にさぶらひ、昨日今日召しにて参り集ひつる僧の布施賜ひ、医師、陰陽師など、道々のしるし現れたる、禄賜はせ、内には御湯殿の儀式など、かねてまうけさせたまふべし。
人の局々には、大きやかなる袋、包ども持てちがひ、唐衣の縫物、裳、ひき結び、螺鈿縫物、けしからぬまでして、ひき隠し、「扇を持て来ぬかな」など、言ひ交しつつ化粧じつくろふ。

※あなたに渡らせたまひて:寝殿から別室に移る。
※道々のしるし:それぞれの祈祷、祈願の効果。
※御湯殿の儀式:新生児に産湯をつかわせる公的な儀式。

道長様と北の方様は、別室に移られて、この数か月に渡り、御修法や読経に従事した人々や、昨日今日にお召しになられて参集した僧侶たちに、お布施をお配りになられます。
医師や陰陽師など、それぞれの道の祈祷、祈願の効果もお認めになられ、褒美を取らせます。
内部のほうでは、抜かりなく、お湯殿の儀式の準備を進められているようです。
女房たちの局では、どの局でも、(里から来た人が)大きな衣装袋や包みをいくつも抱えて動き回っています。
唐衣の刺繍、裳には紐飾りや螺鈿刺繍もあって、信じられないほどに派手で豪華に仕立てておりますし、しかもそれをしっかり隠しておきながら、「扇が届いておりません」などと会話をしながら、それぞれにお化粧をしたり、身づくろいをしています。

中宮彰子の出産の後、道長と北の方倫子が、別室に移り、僧侶や陰陽師たちに、お布施や褒美を配る。
その動きの中で、御湯殿の儀式の準備も、着々と進められている。
女房達は、この時とばかりに、派手な衣装を里(私邸)から届けさせる。
今後、最大権力者道長の目の前で、中宮彰子や皇子に奉仕することになるのだから、何とかして目立ちたい、そんな心理のようだ。
ただし、それを同僚女房に対して、それぞれが隠している。
下手に見せて、批評されたり、陰口を言われたくないのだろう。
紫式部は、そんな様子を実にシニカルに記録している。

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