見出し画像

ドヤの早苗・・・

奈良興福寺から奈良駅に向かう道をのんびりと・・・
さて、どこで一杯引っ掛けるかと周囲をキョロキョロしながら歩いいていた
だいぶ駅に近づいた所でふと横の路地に目をやると少し離れたところに赤提灯が
「おっ、ちょっと覗いてみるか・・・」と・・・
まるでその路地に吸い込まれて行くかの様に・・
かなり古びた小さな居酒屋だ、縄のれんの隙間から中を覗く
L字型のカウンターのみ、客は無く、着物姿の女将が一人でカウンターに座りタバコを吸っていた。
「入ってみるか・・」
暖簾をくぐり引き戸を引く、カタカタと少し引っかかる様な音が・・・
その音で、振り返る女将・・
「あっ、いらっしゃい」
「いいかな?」
「どうぞ、どうぞ・・・お一人?」
「うん」
タバコを消してカウンターの中へ入る女将・・
入り口近くの隅に座ろうとすると
「そこ、寒いから奥へどうぞ」
「あぁじゃぁ・・」と一番奥から二つ目の席に腰を下ろした。
おしぼりと箸が置かれ、「何呑みます?」
「ちょっと寒いから熱燗つけてもらおうかな」
「はい、今日は寒いよね!」
カウンターの上に置かれた大皿から里芋の煮物、               蓮根といんげんの胡麻和えを取り分け
丁寧な所作で差し出す・・・
「お口に合うか?良かったら食べて・・・                  この辺の人じゃないでしょ?出張か何か?」
「うん神奈川から・・・まぁ〜仕事っていえば仕事かな・・・」
「えぇ〜神奈川!・・・はい、お待たせしました、ちょっと熱すぎたかな?」
とハンカチで徳利を包みながら酒を注いでくれる・・
「おっありがとう・・・」
確かに熱すぎる・・                            でも五臓六歩に染み渡るってのはこのことかって・・・ここ正解だ!
「あぁ温まる・・・うめぇ!酒も料理も旨い!」
「良かった、でも、よくこんな店見つけてくれたね」
「何処か軽く飲んで食べられるところないかなってキョロキョロしていたら提灯が見えて・・」
「ありがとうございます・・・神奈川はどこですか?」
「今は横須賀・・わかる?」
「うん、わかりますよ・・あたし昔横浜にいたから・・」
「えっ俺も生まれ育ちは横浜だよ」
その瞬間、物凄く懐かしい人と一緒にいるような、何処かでこの女将と繋がっているような「そうなんだ・・・」としみじみと顔を見つめる女将・・・
「横浜はどの辺に居たの・・俺は京急で行ったら黄金町が近い・・・」
「えっ・・・近いよ・・・」何となく女将の表情に緊張のような動揺のような・・
その時・・・あっ、俺はこの人知っている・・・               間違いなく会っていると確信した。
しかし、名前が出てこない、どこで会ったのかも思い出せない・・・
「お客さんってお幾つですか?」
「・・47・・・」
女将は一瞬目を見開き、少し微笑みながら首を傾げる・・・
「変な事聞くけど、違っていたらごめんね、俺たち会った事ないか・・?    ガキの頃・・」
俯き、少し考え・・ゆっくり顔を上げた女将が・・・何となく照れ臭そうに・・
「お客さんが店に入ってきた時・・                     あれっ?誰だったかなって思ったんだよね・・」
「伊勢佐木町とかで良くヤンチャしていた・・・中学生くらいの時・・・」
「多分、合っているね・・歳一緒だよ・・」
女将は自分以上に何かに気づいていると言うのか、思い出していると言うのか・・
少し先を越されたような悔しさのような感情が生まれてきた・・
「あたし、ちょうど15歳になった時に大阪に行ったんだよね・・・」
「中三の時ってこと?」
「うん、なる直前・・・色々合ってさ」
女将の顔が15歳の少女だった時の顔に見えてきた・・・            当時のことが鮮明に思い出されてきた
「早苗?・・・もしかして早苗ちゃん?」
女将は入口を指差し「提灯」と・・・提灯には「さなえ」と書かれていた
「あぁ、やっぱり!」嬉しかった
俯いたまま・・
「〇〇君だよね・・・」と女将
「うん」
「こんな事ってあるんだね・・・」
頭の中がグチャグチャ・・                         心の中もさまざまな感情が入り乱れどうして良いのか・・
一体何が今起こっているのか全く整理がつかない・・             そんな状態がどれだけ続いたのだろう
「本当に奇跡的な再会だからあたしも少し呑もうかな・・」
「おぉ〜呑みなよ!」
「あんたとまさかこんな風に酒呑むとは思わなかったなぁ〜」
もうすっかりあの頃の早苗に・・・と言うよりその様にしか見えない、またそれが嬉しかった。
「お前、旦那は?」
「旦那?・・・そんな様な奴はいるよ・・」
「あんたは?」
「一応、嫁一人に娘二人・・」
「はっはっはっ、そうか・・・あたしは、子供はいない・・          って言うか産める体じゃないからさ」
「そうなの?」
「そう、色々あったからねぇ・・人生メチャメチャよ」            と戯けて見せるがさびしそうだ
「今は、どうなの、幸せなんだろ?」                    と口にした瞬間物凄く恥ずかしい気持ちに・・・
俺は何を言ってるんだ・・ドラマの台詞じゃねぇ〜んだぞ!・・        その言葉を打ち消すように
「なんで、あの頃知り合ったんだっけ?」
「お互い、ザキ(伊勢佐木町)で遊んでいて何かでトラブって・・でも共通の仲間がいて・・」
「そうだ荒井な!・・あっそうだ何かでお前に助けてもらったよな!・・あの時はどうも・・感謝!」
「ふふふ、そうだっけ?・・懐かしいね!」
「あたしさぁ、戸籍無いって知っていたよね・・・」
そうだ、そうだった当時はよく理解できないままにいた事だった・・・
「うん、今言われて思い出した・・・」
「だから学校も行ってなかったじゃん・・でさ、ドヤがヤサ(家)でそこであのバカ親の面倒見ていたじゃん」
「おぉ、両親は元気にしているの?」
「えっ?親父あたしが小さい頃にもう韓国帰ったらしいよ、勝手に!・・お袋は5年前に死んだ」
「親父さんは、韓国の人だったのか」
「らしいよ?よく分かんない、みんな嘘が多くてさ・・」
「嘘が多いか・・あの頃俺も大人にそんな感情持っていたな・・」
「あたしなんか、今でも持っているよ・・もうこんなババァなのに」
「ねぇタバコ貰って良い?無くなっちゃった!ごめんね・・」
「おぉどうぞ!・・あのさ・・・なんで大阪行っちゃったの?」
「あぁ・・・行ったんじゃ無いよ、行かされたっていうか、          ババァに・・売られたの・・」
この時の早苗の表情は悲しさと怒りが入り混じった表情で・・         恐怖を覚えるくらいだった・・・
そこから早苗は箍が外れた様に
親の借金で横浜を追われ、大阪のいわゆる「ちょんの間」と言われる売春宿に売られた事
そこでどんな思い出毎日暮らしていたのか、どれだけ泣いたのか・・・     病気になったり、逃げないようにと覚醒剤を打たれたこともあった事、     そんな中であるヤクザの組長に気に入られ
足抜きをさせてもらい、その組長の姉さんが経営している店でホステスとして働かせて貰いながら調理師免許や色々な勉強をさせてもらった事・・・
そして今は、                               その組長さんの紹介で大阪からここ奈良へ来てこの店を任され3年になるを・・・
一気に話し出した。
「大変だったんだなぁ・・・・」
「やめてよ・・自分から話しといて何だそれって?」と早苗は可愛く笑った。
「ねぇ〜そっちの話も聞かせてよ・・・                   今何しているの?今までどんな悪さしてきたの?」と可愛く首を傾げて笑う。
「俺かぁ〜・・何処から話そうか!」
「ねぇ〜随分前だけどさ(急に思い出したように)もしかしてなんかテレビ出なかった?」
「あぁ〜出た!」
「なんだっけ?なんか見たんだよね、あれっ?、まさか??って、なんだっけ?」
「少年院の教官のやつじゃないの・・・」
「あっそうだ!そうそう、詳しい内容は覚えないけど・・(笑)」
「お前が少年院の教官かって思った?」
「ハハハッ、そんな事ないよ、合っているよ、散々馬鹿やってきた奴の方が良い先生になるよ」
「そうなぁ〜奴ら(少年たち)と話はあったなぁ〜!」
「良い先生というか、良い兄貴だったんじゃない!              あの子たちってあたし達もそうだったけどさ、なんだかんだ言っても純粋なのよね!・・あらイケナイ自分で自分の事純粋だなんて言っちゃった!」
「当直の時、巡回するだろその時奴らの寝顔見るじゃん・・みんな可愛い顔して寝ているんだよ!・・
強盗・傷害・殺人なんかで来ていても、背中にお絵描きしていても、指がなくても・・愛おしさすら感じるくらい本当は良い奴らが多いんだ・・」
「えっ?今もそうなんでしょ?」
「いや・・・辞めた・・・」
「なんで?」
「うん、色々あってねぇ・・・・」
「大変な仕事だよね」
「うん、でも凄いやり甲斐はあったし・・・感動も」
「・・・・・」黙って頷き、お酒を注いでくれる早苗
「情熱があって良い先生(教官)もたくさんいるんだけどね・・・そうじゃない人や、少年たちの為の施設で考えられ取り組んでいかなきゃ行けない処遇のはずなのに、大臣だとかなんだかしらねぇけど、お偉いさんの為の物じゃないか?って思わされるような事や、それって教育か?少年たちの為に本気になっているのか?お前らって、思うようなことが多くあって、上司に意見しに行ったり、時に度を越して反抗的な態度取ったりしてるうちに・・」
「上に刃向かって・・喧嘩になって・・ざけんなよって・・ブン殴っちゃった・・みたいな感じか」
「まぁ・・殴るまでは行かなかったけど、暴言と机は蹴ったかな・・(笑)」
「良い歳こいて・・・全く・・・でもアンタらしいじゃん、          好きだな、そう言うの・・・(笑)でも、職員から煙たがられても、生徒って言うの?入っている奴らからしたら大切な存在だったんじゃない」
「そうかな、だったら嬉しいね、凄く協力的で理解してくれた先輩もいたし、色々ケツもってくれた上司もいたんだけど…転勤しちゃったり、上司は定年退職しちゃったりで・・・そのうち俺も体調崩しちゃったりしてね」
「そうか・・・今でもまたやりたいとか思う?」
「う〜ん、そうだなぁ〜まぁ〜思うかな・・・?何か自分に出来る事してやりたいっていうか・・・・色々考えちゃうよな・・・」
「戻れると良いね、アンタ合っているよ!絶対!・・今は、何をしているの?」
「フィジカルトレーナーとかメンタルトレーナーとかカウンセリングとかス主にポーツ系だね!今日も実はそのメンタル・カウンセリング関係の学会があってちょっと勉強しに・・・」
「ヘェ〜何だかんだそっち系なんだね・・よくわんないけど、でもアンタから勉強って言葉が出るとは・・・(笑)」
「おいっ!(笑)」
電話が鳴った
「ごめん・・」早苗は電話を取るとカウンターの隅に移動しこちらに背を向け小声で応対している。電話切り振り返った顔が暗い・・・「どうした?」この言葉を遮るように、と言うか無視するように・・・
「あぁ・・・でも本当に奇跡的な再会だよね・・・本当にびっくりした、会えて良かったよ」
「本当、何気無く入った店で・・・まさかだよな!」
「ごめんね、何にも食べてないじゃん、                   と言っても大した物は出来ないんだけどさ・・」
「いや、大丈夫・・何だか、腹も胸も一杯だよ!」
「ごめんね、ちょっと帰らなきゃ行けなくなっちゃってさ・・・・・」
「あぁ、いいよ、分かった・・・いくら?」
「良いよ・・・」
「良くないよ・・・いくら?」この問答が少し続き
「じゃぁ今回はあたしも呑んだし、割り勘で1000円ってことで・・」
1000円を渡すとニコッと笑って受け取り                 「ごめんね、もっと話したかったけど・・・」
少し表情が暗い事がすごく気になった・・・「大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ・・・頑張ってね!・・ありがとう!」
「多分また来年も同じ場所でやるみたいだから来るよ!」
ニコッと笑い、深々とお辞儀をしおどけたように              「心よりお待ち申し上げております」
「じゃぁ・・・」と店を出た・・・
店の外まで見送りながら・・
「ねぇ、やんちゃで・純粋で・馬鹿のままでいなね!それが一番アンタらしいよ!人間ぽくてさ!」ドキッとしたと同時に嬉しかった何だか存在を認められているような、理解されている様な物凄く嬉しかった。
この言葉は何となく自分の支えになっているように思う・・・
色々迷惑をかけたあの上司からも同じ事を言われた・・
「お前はそれで良い、お前らしさだ・・こっちは苦労するが・・・(笑)」
あの日から一年経ち、また奈良に行くことになった・・・
あの時と同じホテルを取り、学会終了後店に向かった、赤い提灯が見える・・・
ワクワク感と緊張感が入り乱れた状態で店に入る・・・
そこに早苗はいなかった・・・初老の夫婦が店を切り盛りしていた・・
半年ほど前に別の街で働くことになったとかで出ていったと言う。
何だか夢だったんじゃないかと思うような雰囲気に包まれた・・・
「やんちゃで・純粋で・馬鹿で・人間ぽくて」
どんな時でも人間らしさを大切にしよう・・・                それが一番だ!
早苗もどこかでアイツらしく、人間ぽく生きているのだろう!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?