見出し画像

偶然の一致の意味 by愛の伝道師2世 (5話)

彼女への淡い恋心が、私を霊や神々がひそむ異界へと導いた契機となった。その謎めいた旅路に足を踏み入れた理由を、私は深く考察していた。

まず、私自身が何らかの精神疾患に陥り、現実とは異なる幻想を見ている可能性。次に、彼女が記憶を失っており、実は私のことを深く愛しているという可能性。あるいは、私たちの運命を操るような神仏のような存在が、この不思議な巡り合わせを意図的に引き起こした。そして最後に、全く逆の悪意ある霊や魔物が私の耳元でささやき、真実を見誤らせているのではないかという疑念。

これらの仮説の中で、自分の妄想癖を疑うのがもっとも自然な流れだ。けれど、これは無いと感じて居た。自分自身が心身共にとても健康で有る事。そして、自分の父親に関する奇妙な出来事を経験していたからだ。

私が幼い頃、父は伝染病で亡くなり、その葬儀は父が勤めていた大学で執り行われた。その際、僧侶ではなく神主が経を唱えていたのが、子供心にも何か普通とは違う理由があるのかな?と感じさせた。

以来、父に思いを馳せることはほとんどなかったが、彼女と出会ってから霊感が芽生え、亡き父と再会する体験をした。父は天狗の姿をしており、洋風の仮面舞踏会で見かけるような白銀の仮面をかぶっていた。鼻の長い赤い仮面では無いのに、なぜか私は父を天狗だと直感した。それに対して良い気持ちはしなかった。

天狗は妖怪と言うイメージが有り、なぜ自分の父親が、そんな姿をしてるのか奇妙に感じていた。

それから月日が経ち、修行してる時に、大和武尊を祀る祠で祝詞を唱え拝んで居ると、私に災を祓えと指令が降った。

声が聞こえた訳ではない。そうしなければなら無いと言う強い思いが湧き上がり、もう1人の自分が必死に方法が無いと訴えてる。

自分と、神に操られたもう1人の自分が頭の中で対話してるような形で、指令が降りる。祠の本尊が有る三峰神社の御利益が掲げられた看板に目が留まり、その中に恋愛成就の文字が見えた私は、「なら俺の願いも叶えてくれ!それならやる!」と神と契約を交わした。


その後、私は日々、土地の神々や精霊と対話し、能力を高めていった。

そんな最中で、天狗姿だった父親の事が妙に気になり、天狗とはそもそも何なのか調べた。すると古事記に記された天孫降臨の際に、大和武尊の道案内をしたのが天狗だったのだ。この奇妙な偶然の一致には驚愕した。これは明らかに見え無い力が働いてる運命的な導きだと感じざるを得なかった。

これら過去の経験から、私が病気で妄想と現実の区別が付かなくなってるとは、どうしても思えなかった。

けれど、私の心に強く蠢く執着心が消えるまで、彼女には会うべきでは無いと感じた。私の事を愛して無い女性に、どんな言葉を伝えれば良いのか考えても浮かば無いし、彼女を見るだけで辛くなってしまう気がした。それに、彼女から頭の狂った変質者を見るような眼で見られたら立ち直れ無い。

もしも、私たちの縁に意味が有るのなら、きっと何処かでまた巡り合うだろう。私は自分の歩むべき道を確り歩もうと、彼女への執着心と決別する事を誓った。





一般的に、神棚を掃除するのは月初の1日と中旬の15日が良いとされている。しかし、これは簡略化された方法であり、実際には新月と満月の際に神が降臨するため、これらの日に供物を捧げるのが正式な作法だとされている。

新月を終えて数日が経った頃に、次の満月がいつか調べた。春が訪れる弥生の満月を爽やかな気持ちで迎える為だ。偶然にも、その日は彼女が音楽祭を開催する日だった。やはり彼女は特別な何かを持ってる。少なくても私の人生の歯車に、完全に組み込まれ関わり有ってる存在だと感じた。




音楽祭の夜は、レーザー光線が空を彩り、爆音の中で人々が熱狂的に踊る盛り上がりを見せていた。そんな中、満月を背景に彼女が遂に登場し、場の雰囲気は一気に最高潮に達した。

人々は一斉に歓声を上げた。彼女はすぐに無数に紛れる人混みの中から、私に気付いたようだが、それもただの偶然かも知れない。私には彼女が自分の事を気付いてくれたように見えただけで、そもそも気付いてすら居ないのかも知れない。

何処までが妄想で、何処までが現実なのかの境界線は曖昧で、見えない何かが私の脳を操り、現実を歪めて認識させているのかもしれない。だが、その全てを受け入れる覚悟はある。

私は此処へメッセージを受け取りに来ただけだ。それが彼女からのモノなのか、別の何者からのモノなのかは分から無い。そんな事は始めから気にしてなかった。

祠で交わした契約を果たしてくれるなら、私は何だって構わ無い。次の指令が此処で降る事だけは知って居たから来ただけだ。


彼女はとても美しく笑っていた。満月より美しく輝いて居た。その輝きを見て私は想った。この美しい光の為ならどんな苦難も乗り越えられると感じた。きっと次に祓うべき災いは、これまで以上に厳しいものになるだろう。

私が逃げ出さないように、そして試練に立ち向かう勇気を持てるように、この場所に私を導いたのだと感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?