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運と人とお金は、どこに集まる?


先の冬休みは沖縄にいた。ここのところ毎年夏か冬に石垣島で過ごすのだが、今年は久しぶりに本島に行ってみたのだった。
今回は子どもの部活もあってギリギリ1週間の旅行。
しかし、あいにくお正月にかけて日本列島には記録的な寒波がやってきており、沖縄もその例外ではなかった。
我が家の趣味である、釣り、ダイビング、シュノーケリングがさっぱりできない。
なんてこった!

予約していたホエールウォッチングは、荒波とうねりに揉まれて沖へ行って帰ってくるだけの高額クルーズとなり、船中はレジ袋で口を押さえて肩を震わせている人ばかり、という地獄絵巻。自然相手とはいえ「98%のウォッチング率」という広告の謳い文句だったので、その2%のまさかの狭きゾーンに自分たちがハマったのかと思うと、唖然とするしかない。

ちなみに我が家でいう「釣り」とは、SUP(スタンドアップパドル)に乗って沖に繰り出し、そこから釣り糸を垂らすというのが主流なのであるが、如何せん波が高すぎて波打ち際にも入れないのである。わざわざ家からSUPを運んできたのに、バッグから取り出すことすらできない。

仕方なく防波堤からトライするのだが、シケでほとんど釣れず。
我々の計画はことごとく頓挫したのであった。まぁこれもアウトドアの宿命なのだ。こういうときもあるのさ。

しかしもう一つ、楽しみにしていることがあった。それがリバーカヤックだった(いや、うちはカヤックではなくリバーSUPか)。波の干渉が少ない川の上流では可能なではないかという一縷の望みがあった。
1つのSUPに2人ずつ乗って、マングローブの生い茂る川を往復する。そこで釣りもする。大好きな遊びだ。


今回、泊まったゲストハウスのオーナーさんはネイチャーガイドも兼ねているので、自然のことは何でも聞いてくれとのこと。ゲストさんには無償で情報を提供するし、もしよければ一緒に有料のツアーはいかがですか、というスタンスのようだった。のっけから無理やり斡旋する様子もなく、とても感じがよかった。

そもそもそのゲストハウスは「とにかくオーナーさんの人柄がいい」という書き込みが列挙する宿。
あれだけ口コミで「人柄が」「人柄が」とコピペのように書き連らねられているので、もうこれは彼も(キャラの変更をしたくても)後には引けなくなっているんじゃないかと、行く前からこちらが心配するほどの高評価。
そして私は会う前からオーナーさんのことを勝手に「ヒトガラカワハギ」と命名(え、わからない? 沖縄にもいる熱帯魚、モンガラカワハギのパロディですよ……)。
実際に会ってみたヒトガラカワハギは、とてもフレンドリーで親切で、笑顔の素敵なおじさんだった。お互い同じ年の子どもがいるということでも、話も弾んだ。

やがてそんな彼は、マリンスポーツがことごとく全滅で落胆している我々を見て、気の毒に思ったのか、こう質問してきた。
「何か他に計画していることはないですか? やりたいこととか」
「……そうですね。いつも石垣島では、SUPで川を自由に往復しているんですけれど。こちらで最適な川はありますか?」
「あぁ、比謝川とかありますね」
「ヒジャガワ。なるほど……。そこしかないんですかね」と旦那さん。「ええ、多くはそこでやってますね」とカワハギ氏。
「そのヒジャガワには、結構、なんていうか、カヤック・ツアーとかたくさん来るんですかね。なんか、僕らみたいな個人で川を下っている人たちを邪魔に思う雰囲気だとか……」
「あぁ……。ありますねぇ」とカワハギ氏。そして比謝川の川面を思い出しているのだろう。屈託のない笑顔で、「確かに、私なんかがツアーでガイドしているときもよく、個人客がこう普通に漕いでくると『おまえ、どけ! 邪魔だ!』とか言ったりすることありますね」と言った。
「そうですか……」と、旦那さん。

「あ。運を逃した瞬間だ」と私は思った。
この一言で、私はこのヒトガラカワハギに対する気持ちが一気に萎えてしまった。


私は誰かにお金を払うときに、その会社の姿勢というのも大事にしようと思っている。お金を払うということは、応援する、という一面もあるのだ。たとえばこの note だってサポートシステムがあるように、いいものは応援する、成長するように支える、という遣い方も大事だと思っている。

クロックスのサンダルについて、よく思うのだ。
クロックスのサンダルが好きだと思ったら、スーパーで売られているクロックスのバッタ物にお金を払うのではなく、バッタ物より少し高いけれど、自分に多少の余裕がある限り、これを一生懸命開発した「本物のクロックス」に敬意とお金を払うべきじゃないのか、とかね(自分がクロックス開発者だったら、ものすごく悔しいと思うのだ)。

そして、よりお金を落とすか落とさないかは、その会社が「この社会をよくしよう」と思っているかどうかも、大事な判断基準の一つだと考えている。
それは環境だけでなく、自社だけでなく業界全体の発展だったり、雇用制度だったり、もちろん消費者のことをよく考えているといった観点で。そして政府から強要されたから仕方なくやるのではなく、自主的に心の底からそれを軸にしようと思っているかが大事だ。

目先の利益や欲を丸出しするのではなく、最初は遠回りかもしれないけれど、そういう理念を持っているところに、「人」は集まるし「お金」も集まる。そして「運」も集まる、と思うのだ。


話を戻そう。
思わず言ってしまった、たった一言の揚げ足をとるようで悪いのだが。でも、そこに多くのことが雄弁に語られていたと思う。
このカワハギ氏には、ネイチャーガイドの資格はあるのだろうかと、さえ思う。自然は誰のものだろうか。ツアーガイドたちのものではないはずだ。その恵みの尊さを教えるのが、彼の仕事の本懐なのではないだろうか。自然の豊かさを社会に還元する仕事を選んだのではないのか。
余裕がなくなっている。感謝の気持ちさえも忘れている。自分さえ良ければと思っているから、他人が邪魔に思えてくる。押しのけてでも利益を得たいと思っている。

斡旋はしないとはいえ、彼はどこかで「この家族はツアーを使ってくれないかな。もう少しお金を落としてくれないかな」という、無言の期待があったのは知っている。私が彼だったら、淡く期待するだろう。
不幸中の幸いで、波だけは腐るほど立派に立っている。我が家の当初の計画は全滅したとはいえ、その波を頼りにカワハギ氏の主催するサーフィンツアーに参加するという奥の手もあったのだが、それも今となっては、ない。
結局、我々はそんなおっかない川はごめんだと、リバーSUPすらもやる気が起きなかった。

ふと見ると、ゲストハウスのリビングには図書コーナーがあった。
『夢を叶えるゾウ』だとか『大富豪の教え』だとか、私は読んだことはないのだが(どれも10年以上前にベストセラーになったか何かで、なんとなく内容は知っている)、そういった自己啓発本がたくさん何冊も並んでいた。しかも、いずれも人間の本質について問うような、愛と夢と勇気を伝える本だったと思う。
もともとは沖縄の人ではなく、結婚するまで大阪にいたというカワハギ氏。きっと、彼はこれらの本を読んで自分を奮い立たせ、夢と志を持って、ゲストハウスやネイチャーツアー会社を設立したのだろう。
でも今、何か、大事なものを取りこぼしてしまってはいないだろうか……。
ヒトガラカワハギなどと、私は心の中でおちょくっているが、根はとてもいい人なのだ。どうか早く気がついて欲しいと思う。最初の沖縄が好きになったときの気持ちを。運と人が去る前に、早く。

寒波とはいえ、お正月。しかし私たち家族以外、ほとんどそれといったお客はなく。閑散とした雰囲気は否めないゲストハウスの今後を、私は勝手ながら案じてしまったのだった。



ここまで読んでくれただけで、うれしいです! ありがとうございました❤️